第18話『江戸仇討ち巡り(下)』

「五人。――」

「喘月が妖刀、過去より探るは兄上らにお任せ致したが、それがしは現在より探り申した。かねてよりきつく尋問致した郎党より裏付けを得、周防近辺の動きを洗い出したところ……」

「江戸で行われた仕儀なにかが、在ったわけか」

「如何様」


 周防――毛利輝元の行った、何らかの謀略が、この江戸で在ったのだろう。


「上さまを弑奉らんとする呪詛、徳川を滅ぼさんとする呪詛。古き密教で行う呪いを仕掛けた形跡がございます。いつつ。――」

「いつつ。――」宗章は先を促す。

「これは上様を狙いし、呪詛。徳川に的を絞りし呪詛にて。大御所さまと、なにかと遣り合ぅた周防毛利輝元どのの呪詛。に喘月を利用したものにございましょう。いま直面している、焦眉の急。これを取り除いてもらいとうござる」


 静かに語る宗矩に、沢庵も「信じられぬ話だろうが、まあもっと信じられぬ存在が目の前におる故、納得して貰うほかはない」と頷いている。


「太田道灌が拓きしこの江戸。大御所さまが封ぜられた戦国の世から、江戸城守護を司る五不動。その不動明王をそれぞれ奉る寺にて、喘月に生け贄を捧げし者がおり申す」


 のちに三代将軍家光によって『五色不動』とされる、瀧泉寺、金乗院、南谷寺、教学院、永久寺のいつつ。

 東西南北中央の守りを固める呪術的配置で造立された寺である。

 この寺を、呪いの場として汚したという。


「周防が手の者、実に五人。国替えで封ぜられた大御所が天正の世より、いままでの十五年。三年に一度、行われていた呪術でござる。遣い手は、みな冥土にて。――」

「呪詛は、跳ね返す先がなければ跳ね返せぬ。常の呪詛返しならば、相当な難儀となろう。が、しかしだ。――」と、沢庵。


 なるほど、と宗章は膝を打つ。打って「喘月解呪に伴う、仇の召喚。これにより……」と、口にし、宗矩は「同時に、呪詛返しを和尚が執り行い申す」と追従する。


「喘月をそのような。――」


 落葉御前の呻き。

 この落葉御前、五郎入道正宗との縁者であることは、おそらく間違いない。だろう、と宗章は思う。


「力在る妖刀を、己が野望のために用いるか。あんな危ないものを、よぉもまあ、使おうと思うたものよナ」

 宗章は重ねていう。

「この喘月は、認められぬ故の怨嗟と、幕府を――鎌倉殿を討つための美と武を求められつつ果たせなんだ無念を練り込まれている。幕府へ呪いを掛け仕込むにはこれほどのものは在るまい。だが、さればこそ、用い方も尋常ではなかろう。宗矩、その五名、悉くが冥土にと申したが、何処の誰なのだ。――」


 居住まいを正し、宗矩は答える。


「そのすべては、毛利剣勇八部衆より」宗矩は続ける。


 この『毛利剣勇八部衆』は、のちの豊臣家臣真田信繁が配下『真田十勇士さなだじゅうゆうし』や、柳生新陰流の高弟ら『柳門十哲りゅうももんじってつ』のような、組織内のトップランカーらを顕したものである。


うち、五名」

「五名――」


 そして、こちらはなぜか沢庵が一通の書状を出す。

 草臥れた紙で、やや黄ばんだ奉書紙である。

 折りたたまれたそれを広げると、五名の名が記されていた。


斯波しば二郎右衛門じろうえもん興徳弥八郎こうとくやはちろう四条貞右衛門しじょうさだえもん佐々木重三郎ささきじゅうざぶろう、そして、愛洲一信斎あいすいっしんさい。――」

「愛洲。――」


 宗矩は頷く。


「愛洲一信斎はじめ、この五名、すべて愛洲陰流の遣い手にござった」


 新陰流改組、上泉信綱の師匠筋の流派である。


「陰流。――この者らの掲げる『かげりゅう』でございますが、陰の一字、阜偏こざとへんに『念』と書き申す。陰流開祖、愛洲移香斎が念流の流れを汲むものであったのが由来なのでしょう」


 宗矩がここまで断言するということは、おそらく正鵠なのであろう。念流、陰流といえば、毛利輝元が篤く庇護した流派である。


「なるほど、宗矩、お主も標的のひとつか」

。いいましたとおり、この者ら、すでに死んでおりますれば」

「そこよ喃」と、こちらは沢庵。


 宗章もフウムと考える。


「藤斬丸」

「なんだ――って、刀を投げて寄越すな」

「喘月から何か読み取れぬか。この昼日中、しかも沢庵宗彭の有り難ぁい札付フダつきのワルだ。お主の制限がついた術でも、なにか読み取れるのではないか」


 沢庵が「まだいうとる」、宗矩が「執念深いところがございますれば」などとひそひそ。


「正宗は、本来こんなつまらぬ呪いには負けぬ。負けぬのだ」


 しみじみと、藤斬丸が呻くように呟く。


「お主、長船ゆかりの者であったな。ちと遠慮なく貼ってしもうた。すまんな、藤斬丸」

「いえ、和尚。こちらも少し、頭に血が上りまして」


 すると、先ほどのことを思い出す。


「御坊と藤斬丸、そして落葉御前は、吉井川の氾濫、その犠牲者回向の折に出会ぅたとか」

「うむ。藤斬丸はな、拙僧が長船が下流より拾い上げた子よ。その身を、水害から守ろうとしたのか、抱え込んだ幾本もの刀に貫かれ、ほうぼう挫滅して、冷たくなっておった。――」


 あの日のことは忘れまいと、沢庵は語る。


「この沢庵、鬼というもの、人が変生するを初めて目の当たりにし、妖魅の存在を信じざるを得ぬようになった。」

「藤斬丸が変生するところに立ち合ったのですか」これは宗矩。

「うむ。殊更にいうことでもないからノ。……藤にも、いちどしか申しておらぬ。さぞや無念であったのだろう。また、地蔵菩薩がこの者の才能に、この世でもっと為すべき事があるのやもと、お救いしたようにも思える。昏き夜、明日は墓をと手を合わせておったら、無数の刀をその身に飲み込み、わしの前に立っておった。瞳は黄金に、額からは飲み込みかけた茎が覗いておった」


 その茎に刻まれた銘が、『藤』であったという。


「故に、藤。藤斬丸として名を与えたのは、鬼気に誘われてやってきた、この落葉御前であったのは、言うまでもないか。――」

「如何様」

「もう、十五年前か。――」


 奇しくも、吉井川の洪水も、大御所徳川家康が国替えで江戸に封ぜられたのが同じ天正の年西暦一五九〇年


 彼女の顔をまじまじと見ながら、「すると藤の角は、名も知れぬ刀匠の鍛った刀の、茎……ということになるのか」と唸る宗章。そして「藤。――」と考え込むと、沢庵へ切り出す。


「和尚、長船の郷の犠牲者に、このくらいの女子が居らんかったか」


 と、背の高さや、年格好を言って聞かせるが、沢庵宗彭はそれを遮り、「おった。たくさんおった。柳生宗章、いったい何人犠牲になったと思うておる」と、そのときを思い出したのか、きつく眉を引き締めて俯いてしまう。


「せめて名が分かれば、喃。――」これは、雰囲気を変える沢庵の言葉である。

「忘れてしもうた。薄情であろうか。どうしても思い出せぬ」

「薄情だな」と、藤斬丸が宗章の膝を拳で叩く。わりと重い。


 いずれにしろ、備前長船が縁者は皆、死んだ。

 揺るぎのない事実だ。

 この藤斬丸が変生したとて、生き残ったのは僥倖。他にも命を拾った者もいて、よかったではないか。


「いまさらだが、回向、礼を申し上げる」


 スっと、頭を下げる宗章。

 心のわだかまりが消え去っていくようだった。


「私も自身の身の上のことは何も覚えてはおらぬ。和尚曰く、額の角――茎が変生したこいつが影響してるのではとのことだが」

「脳が掻き回されたからじゃないのか……って、叩くな叩くな、わりと痛い」


 鬼の力である。


「お話を戻しますが、宗矩さま、宗章どの。我が喘月を利用し、陰流が――毛利輝元なる男が画策せしは徳川屋台骨の崩壊。むしろ、喘月の秘密を知るならば、解呪に纏わる黄泉返よみがえりもまた知っていたやもしれませぬ」

「本間入道が、黄泉平坂よりってきたことか。兄上が見た、石の坂道――」

「黄泉の国への通り道、所謂、黄泉平坂であったと思う」


 事実、本間入道はそう言い表していた。


「反魂香を知り、黄泉返りを知る。つまり、毛利輝元も妖怪と通じている可能性がある……か」

「そうなりましょうな」と宗矩。


 沢庵はぼりぼりと頭を掻き、「戦国の妖怪などといわれた武士も多かったが、毛利輝元、あれほどのバケモノもそうはおるまい。あやつ自身が魍魎の類いであっても、驚きはせん」と、ため息をつく。


「毛利輝元は、徳川を潰す。喘月の遣い手五人は黄泉返り、新陰流を潰す。相手のやりたいことはこれに尽きる」


 宗章はポンと膝を打つ。殴られたところが少し痛い。


「やることは変わらぬ。次の望月に、浮かび上がった仇を呼び出し、斬る。呪詛返しで大納言も助かる、毛利の野望も潰える。単純明快ではないか。――」

「兄上のその心胆、実にうらやましく」感心した宗矩が嘆息する。本心からである。


 明日深夜、望月である。

 やることは、たしかにかわらないのだ。


(さて、誰の顔が浮かび上がるか)


 五人同時でも構わぬが、そうもいかぬだろうなと、宗章は腕を組み考えるのであった。



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