【短編】身体交換
結城 刹那
第1話
「悠人、お前な……何で福山さんのバッグにカマキリなんて入れたんだ?」
閑散とした廊下に流れる穏やかながら怒気の孕んだ声。目の前にいる先生の表情は強張っており、自分の中にある怒りをあらわにしている。
ふと視線を移し、ドア越しにクラスの様子を見る。自分のことでもないのに怯える生徒、怒られている俺を見ながら内緒話をする生徒、他人事のように勉学に励む生徒と多種多様な動向が見られる様は面白いものだった。
「おい、悠人! 聞いているのか!?」
先生が語気を強める。反射的に逸らした視線を彼に向けた。
「サプライズですよ。福山を驚かせようと思って」
「はあ……サプライズだからって、やっていいこととやってはいけないことくらいあるのは分かるだろ?」
「たかがカマキリくらいいれてもいいじゃないですか?」
「お前が良くても、ダメな人だっているんだ。特に女の子は虫嫌いの人が多いからな。無意味にやってはいけないぞ」
「はーい」
「ほんとに分かっているのか……はあ、全くお前ってやつは、なんべん迷惑をかければ気が済むんだ。親御さんだって、呼び出されて迷惑がっているだろ」
「母さんは、あまりそういうの気にしないタイプだから」
「はあ……」
全く親子そろって困ったものだな。
言葉にはしなかったものの先生の態度はそんなことを言っているようだった。
「坂下、お前は何で一緒になってやっていたんだ?」
先生の顔は俺から横にいる坂下 裕樹(さかした ゆうき)へと向けられる。
俺もまた彼の方に顔を向ける。大粒の涙を流しながら必死に声を出すが、何を言っているのか全く聞き取れない。いつもの調子の裕樹だ。
「まったく、優等生のお前が何で悠人と一緒にこんなことをしているのか全くもって謎だな。はあ……本当にお前たちには世話が焼くばかりだよ」
先生は本日何度目かのため息を漏らした。最初は暇だったため数えていたが、あまりにもため息の数が多かったので、いつしか数えるのを止めてしまっていた。
説教の時間が終わり、俺と裕樹は教室へと戻る。
裕樹は相変わらず、大粒の涙を流し、顔がぐしゃぐしゃになっている。
俺はそっと裕樹の背中に手を置くと穏やかに摩ってあげた。
先生の言っていたことに俺も同感だった。
裕樹はいつも俺のそばにいる。俺が喧嘩したり、イタズラしたり、悪ふざけしたりする時も必ずそばにいる。成績優秀で頭脳明晰な彼には、俺のそばにいることでどんな仕打ちが待っているか分かっているはずだ。なのに、なぜこうも一緒にいてくれるのか。
いつも泣きじゃくってばかりだから俺も理由は聴けていない。
****
「ってことがあったんだ。もしかすると、また三者面談で何か言われるかもしれない」
帰宅してから手洗いうがいを終えた後、俺は母さんのいるラボに行って、今日の出来事を話した。小学校の頃は手洗いうがいなどしなかったけど、風邪の引きやすかった母さんが『手洗いうがいをしてから健康的になった』と嬉しそうに言っていたので、俺も始めることにした。
装置の修理をしながら母さんは俺の話を聞いていた。話を終えると強張った表情で俺を見る。棒に刺さった飴玉を咥えた母さんの姿は何だか女番長みたいだった。実際、高校時代はそこそこの悪人だったらしい。本人は自覚がないそうだが、父さんが言っていた。
「おい、悠人。お前、何でカマキリなんて入れたんだ。バッタじゃダメなのか? サプライズするならバッタの方が面白いだろ。びっくり箱みたいに飛ぶんだから」
このように母さんに話すと先生とは全くもって違う問いかけをするので聞いていて面白い。俺の行いを否定するのではなく、やるならもうちょっと凝ったやり方をしろというらしい。
「バッタは見つけられなかった」
「見つけられなかったのなら仕方がない」
母さんはそう言って「はっはっは」と笑った。どうやら、俺の行動に対して、怒る気はないみたいだ。こんな態度を取られると俺から謝罪したくなってしまうが、そんなことをしたら母さんは怒る。
「なあ、母さん。裕樹について何だけどさ」
「裕樹くんと何かあったのか?」
「何かあったわけではないんだけど……裕樹のやつ、先生に怒られたらいつも大粒の涙を流して泣きじゃくるんだ」
「裕樹くんも悪いことをしたのか?」
「いや、俺がカマキリをバッグに入れた時に一緒にいたから連帯責任で怒られた」
「あちゃー、それは近々裕樹くんと裕樹くんのママにお詫びしないとな」
「裕樹のやつ、どうしてあんなに先生の説教に対して泣くんだろう。そんなに怖いわけじゃないんだけどな。そういえば、お化け屋敷とかでも良くビビってるなあいつ」
「人の気持ちっていうのは意外と理解しづらいものだからね。裕樹くんの気持ちが知りたい?」
「……知りたいか知りたくないかといえば、知りたいかな」
「悠人らしいな。そんな悠人に私から科学者らしい提案をしよう」
そう言うと、目の前にある装置を二回叩き、母さんは俺に笑みを見せる。
「明日の朝、裕樹くんにうちに来るよう声をかけなさい。あなたたちに面白いことをしてあげる」
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