③
「神隠しに遭ったということにして、それ以上の追及を難しくしていた。神隠しという言葉に込められている力はやはり、異様であり異質なものでしょうね。ましてや、山の中で失踪したとなればその効果はより強くなる。ということは、上条村の神隠しが広まったのは、住職が広めたということかしら」
「そこはどうだろうな。意図してのことか、それとも勝手に広まってしまったか、どちらにしてもその効果は大きかったのは間違いのないことだ」
これで、あのお堂の正体は明るみになったけれど、ここまでは私の幽霊の正体と一緒だろう。あくまでも想像でしかないのだ。だが、怜夜の態度と言葉から私はある一つの確信を抱いている。
「怜夜。あなた、薬地政さんに会いに行ったわね。私達と別れてから」
「ああ」
怜夜は隠すことなく、その事実を認めた。
「そして、今の考えを本人に聞かせたのね」
「最初はなかなか話をしてくれないから、どうしようかと考えたが、あのお堂の隠し部屋を見つけて随分前から使われていないこと、俺自身がその事を公表するつもりもないこと、そして、まあ後は、お願いをしてなんとか、概ねは認めてくれたよ。だから、お前もオフレコで頼むぞ」
「判っているわよ。流石にそこまで無神経ではないわ」
ここで、人の善意での行動を私の行動で無下にするわけにはいかない。だが、ここまでの話を聞いて私の中にはある事が気になっていた。
「神隠しのことについては判ったわ。じゃあ、志保ちゃんの失踪事件についてはどうなのかしら。志保ちゃんは別に逃げる必要のない状況だったはずよね。なら、ただの事故もしくは事件なのかしら?」
そう、条件を満たしていない志保ちゃんは逃がす対象ではない。なら、この事件は神隠しとは無関係なのだろうか。だが、私は日葵ほどではないが、直観で何かしらの関係があるのではと感じている。
「九朗や日葵ならここで終わっていただろうな」
その言葉で、私の直観が正しい事を確信した。
「志保ちゃんには失踪する理由がない。つまりは、他の人間による何かしらの意図があるということになる。その人間が薬地政さんだった。そうなってくると、違う可能性が出てくる。薬地政さんが志保ちゃんをあの山から連れ出した」
「……」
私の言葉を黙ったまま、怜夜は聞いている。ここで、反論してこないということは、この考えは、怜夜自身もそう考えていることになる。ただ、この考えにはある問題がある。それは、何故薬地政は上山志保を連れ出したのかという疑問が。だが、目の前のこの男は恐らくその答えを持っているが、それを素直にここで話すつもりは感じられない。ならば、私がその答えに迫るしかない。
「薬地政さんが、志保ちゃんを連れ出したのなら、それはつまり誘拐ということよね。だって、志保ちゃん失踪当時は捜索され、周辺の人達には知れ渡っていたのだから。その事を知っていたのなら、連れ出すなんてことにはなっていないでしょう」
「絆はそうだと思うのか?」
「……考えられる可能性を述べただけよ。私自身はこの可能性は低いと考えている」
その言葉で少しだけ、怜夜が安堵したように見えた。だったら、さっさと自分の口から言えばいいものを。だが、そうなると余計に判らなくなる。私の中でまだ全容は見えない。
「薬地政さんは、志保ちゃんが失踪したことを知らなかった。なぜなら、彼はある事をするために人目を避けていたからだ」
「それって…」
「そうだ。あのお堂を使っての神隠しだ。だが、それは志保ちゃんではない。全く別の人間を逃がすつもりだった。だが、あのお堂の隠し部屋にいたのは志保ちゃんだった。彼は、恐らく戸惑ったはずだ。だが、あの隠し部屋にいること、そして、志保ちゃんの恰好から彼はこの子こそが逃す本命の人物だと勘違いした」
「志保ちゃんは山で失踪して、恐らく彷徨って怪我などとしていたのね。履いていた長靴すら片方脱げていたことから、相当迷っていたのね。そんな状態の子供がいれば保護するでしょう。そして、それを他の人物に言わなかったのは、あのお堂の秘密を隠すため」
「そうだ」
「だとしても、問題は残る。志保ちゃんを誰にも見つからずに連れ出せたとしても、肝心の志保ちゃんが黙っているわけはないわよね」
「普通ならそこで、勘違いに気付いただろう。だが、そうはならなかった。なぜなら志保ちゃんは記憶を失ってしまっていたのだから」
それなら、勘違いの訂正は難しい。だが、そんな都合のいい事が起こるのかしら。
「そんな都合のいい事がみたいな事を思っているだろうけど、事実なのだからしょうがないだろ」
人の心を勝手に読むな。訴えるわよ。まあ、それはそれとして。
「つまり、志保ちゃんは生きているのね。なるほど、先ほどの薬地政さんとの話でお願いをしたと言っていたけど、そのお願いはこの事を黙っておく代わりに話を聞かせてくれとでもいったのでしょう。それって世間一般的に脅迫というのよ」
やれやれ、この男は本当に無茶をする、反省して欲しいものだ。私の言葉に本人も罪悪感は多少あるのだろう、申し訳なそうにしている。なら、するなよと言いたい。
「まあ、それは置いておこう」
「置かないわよ。あなたは反省しなさい」
結局言ってしまった。
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