②

「もう少し時間をかけてこの問題に向き合っていたならば、きっと気付けた」

「気付けた…」

「そう。あそこにいたのは紛れもなく生きた人間の子供がいたという事実を」


 その事実に絆と怜夜は気付いた。そして、その子供の正体にも。だが、一体どこで、一緒に行動をしていたが、どこでこの二人は、


「聞かせてくれ、絆。本当はあの日に何が起きたのかを」

 俺の言葉を待ってましたとばかりに、口を開く。


「そうね、まずはっきりさせておかなければいけないのは、その子供が誰であったのかということ」

「ああ。だが、村の子供ではないのだろう?」

「それは、ここの主人が確認した通り。この村の子供たちはあの日山の中にはいない」

「じゃあ、他に考えられるのは…」


 日葵と俺は頭を悩ませる。山に入った子供がいないのであれば、他に何がある。俺は実際に見たあの場所の事を思い出してみた。逆光であること、そして、下から上を見るとは言っても、傾斜もあって、その実しっかりと確認をすることはできないこと。もし、幽霊でないのなら、何かと見間違えたとしか言いようがないが…やはり、いくらなんでも、子供と何かを間違えたりするほどの条件はあそこにはない。


「もう分かんない! ねぇ、絆。そろそろ教えて」


 一緒に考えていたのだが、先に日葵の方が白旗を揚げる。俺も心の中では、揚がり始めている。


「その様子だと、九朗もみたいね」


 俺の心を読むかの如く、ずばり当てられてしまう。そんなに顔に出ていたのだろうかと、気にして思わず顔を触ってしまう。その反応に怜夜が笑う。しょうがないだろうが、お前と違ってこちとら何も判ってないのだから。お返しとばかりに、怜夜の脇腹を軽く小突く。


「そんなに難しいことではないわ。目撃したのは子供、でもただの子供ではないだけ」

「だけって。そんな、なぞなぞみたいに言われても…」

「…あっ!」


 出題者に対して俺が抗議しようとしたところ、俺の正面から声がする。つまりは、日葵である。急に、大声を上げるからびっくりしたが。一体どうしたのかと、三者の視線が日葵に向けられる。


「私、判った! つまり、上山さんたちが見たのは、子供だったんだ!」

「……日葵」


 俺は自分の彼女に対して、なんと言っていいか判らないが、とても残念な気持ちで声を掛ける。


「ちょっと、待ってよ! 言葉が足りなかった。あそこで目撃されたのは、村の子供じゃないってこと!」

「村の子供じゃない?」

「相変わらず、日葵は妙に鋭い時があるよな」

「ええ。正直毎度毎度びっくりするわ」


 俺が日葵の放った言葉の意味を考えていると、二人が妙な関心を示す。しかし、この二人がそういう言い方をするということは、日葵の言葉、気づいた答えは合っているということだ。


 村の子供じゃない……まさか。


「それって、上山夫妻が目撃したのは、この村の子供ではなく、村以外の子供も見たということか」


 俺の言葉に絆は頷く。


「そう。村の子供全員所在が判っていて無理、だとするならば村以外の子供しかありえない」


 絆のその言葉に、日葵がドヤ顔をしている。くっ、なんて勝ち誇った顔をしているのだ。だが、可愛いので許す!


「でも、村以外の子供だとして、それって誰なんだろう?」

「ちなみにだが、あの日に昇さんや花さん、正木さん達、村の人達が知らない観光客などの人達は来ていないのというのは、俺が確認している」


 勝ち誇った顔から一転して、真面目な顔で日葵は疑問を述べる。その通りだ、村以外の子供だとして、一体その人物は誰なのだろう。そして、その謎に拍車をかけるように、怜夜が俺たちに混乱をもたらす、情報を投下する。


「じゃあ、誰か判らいないじゃん!」


 さっきの勝ち誇った顔、真剣な顔から、また変わり、今度は諦めの顔である。こんなに短時間でコロコロ顔が変わるとは、可愛い。


「そうでもないわよ」


 そんな諦めの気持ちいっぱいに顔に出していた日葵がキョトンとした顔とそんな日葵に見惚れていいた俺もキョトンとした顔をした。


 えっ? 判るのか。だって、どう考えても特定なんて難しくないか。


「その謎を解く鍵は、もうすでに発見しているわ」


 絆はそう言うと、テーブルの上にハンカチを広げる。ハンカチは何かを包むように折られており、それを広げると、包まれていたものが姿を現した。


「これって…おもちゃのタイヤ?」


 ハンカチに包まれていた物、それはあのお堂で絆が拾ったおもちゃのタイヤだった。確かにあそこに落ちていたというのは、どこか気になるところであったが、どうしてこれで誰ということまで特定できるのだろう?

 俺と日葵が相変わらずの疑問符を頭に浮かべていると、


「ちょっと思い出せばいいだけよ。私達は、このタイヤの持ち主が誰なのかを知っているのだから」


 俺達が、このタイヤの持ち主を知っている? どういうことだ? 疑問符ばかりが頭を飛び交うのだが。だって、ここに来てから俺達は子供に会っていたりはするが、それは村の子供達だ。村以外の子供と知り合いになった記憶はない。じゃあ、絆は何をもってこんなことを言っているのか…そう思いながら、俺はこのタイヤを見る。あれ、なんだろうなんだが、頭の片隅に何か引っ掛かりを覚える。なんだかムズムズする。これは一体…。


「ヒントは、タイヤがあるということは、当然この世に存在しなくてはならない物という事だ」


 俺と日葵が、すごくもどかしい気持ちになっているのを察してなのか、怜夜がなんとも遠回りで、恰好つけたヒントを出してくる。タイヤがあるということはか…まさか。そう考えた時俺の頭の片隅にあった記憶が隅の方から姿を現した。


「本体、つまり車のおもちゃ、ミニカーか」


 そう俺は確かにこの目で見ていた、このタイヤの主を。それは、昨日かみやへの帰り道で会った、薬地英子さんの車にその主はいた。タイヤが外れたミニカーが。


 俺の言葉に絆は満足そうに頷く。


「そう。恐らくこれは、薬地英子さんの息子さん真樹君の物でしょうね」

「偶然なわけ、ないよね」

「あそこのお堂は薬地英子さんの旦那さん、薬地政さんが管理している。だとするならば、その息子である真樹君を連れて行ったことがあったとしてもおかしな話ではないわ。そして、このことから推察されるあの日に起こったことはこうだと思う。上山夫妻があの森に入り志保ちゃんの捜索をしていた時、ちょうど真樹君も山に入っていた」

「でも、子供だけで山に入るのはダメで、きつく言われているって…」

「それは、村の子供たちだけね。真樹君自身も御両親から注意は受けていたかもしれないけど、村の子供たちほどではなかった」

「だから、内緒で山に入った。お堂には何回か連れていってもらっていたから、場所もある程度覚えていたのだろう。俺が感じたあのお堂に対する違和感は、お堂周りの状況とお堂の中の荒れ具合が一致していなかったからだと思う。中は少なからず汚れていたが、そこまでは無かった。つまり、あのお堂を使った人間がいたということだ」


 絆の話を怜夜が補足する。しかし、絆に釘をさされたとはいえ、怜夜がこういう発言をするとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る