三章 幽霊の正体
①
山での調査を終えた俺たちは、民宿かみやに戻ってきていた。やはり、山に登るという行為は疲れるもので、宿に戻り部屋に行くと、どっと疲れがでてきた。こんな時は、
「やっぱり、こういう時は風呂だな」
そう湯船に体を沈めるに限る。日葵と絆も入りに行っている。怜夜も隣で溶けている。
「なあ、怜夜」
「なんだー」
返事までどこか溶けている。
「お前と絆は幽霊の正体に予想がついている、そうなんだよな」
「……」
「お前たちは、今じゃないと言って教えてくれなかったが、何時になったら教えてくれるんだ?」
「そうだな……」
しばし、言葉を切って黙ると、おもむろに湯から浮上すると、湯船から出る。
「じゃあ、夕飯まで時間があるから、そこで明らかにしてみるか…」
「それって」
「絆と日葵にも声を掛けて、答え合わせといくか」
おお、やっとか。とそんな俺に向けて怜夜が最後に言う。
「でもな、九朗」
「なんだ?」
怜夜に続いて、湯船から出ようとする俺に向けて言う。
「僕と絆の考えていることが同じとは限らない。もしかしたら、まったく違うものかもしれない」
「どういう意味だ?」
俺の質問に答えることなく、怜夜は出ていく。なんだ、その意味深な捨て台詞は。
まあ、男性と女性では風呂の長さは当然といってしまえるかは判らないが、女性の方が時間は長い。入る長さも然り、準備にかかる長さも女性の方が長い。というわけで、俺と怜夜は当然待つ形となる。なぜか、また俺が借りている部屋にいる。いや、本当になぜ? 話をする本人の部屋でいいじゃん。俺がそう意見すると、どうせ日葵と絆はこの部屋に来るのだからわざわざ部屋を移動するのは面倒と返ってきた。そうだけど、理に適ってる。何も言い返せない。早く、二人とも帰ってこないだろうか。
待つことおよそ三十分、二人が帰ってきた。やっとか。てか、絆も普通に俺たちが借りている部屋に来るんだな。帰ってきてそうそうに、二人に事情を説明した。二人とも、了承してくれた。
そして、場が整う。テーブルはほぼ正方形に近い、なので、俺たちはテーブルを囲むように座る。入口側を怜夜、そこから時計周りに、俺、絆、日葵の順で座る。そして、テーブルにはコーヒー牛乳の瓶が四つ、風呂上りにはこれでしょと日葵が買ってきた。これが、美味しいんだよな。四人で軽く乾杯をする、なぜかは判らないが。そして、最初に口を開いたのは怜夜だ。
「九朗から、幽霊の正体を言えとせっつかれたからな。じゃあ、その話をしようってことになったわけだが、正直、僕はこの問いに対しては、絆、お前の口から説明して欲しいと思っている」
「なぜかしら?」
「嫌なのか?」
「別に嫌というわけではないわ。ただ、なぜ私なの?」
「ふさわしいから」
「ふさわしい?」
日葵が絆に変わってというわけではないだろう。しかし、正体を話すのに、なんで絆がふさわしいのか、俺も気になる。
「絆。お前なら、この問題に対して私情を挟むことなく、導き、そしてしっかりと良い方向に終わらせるから」
「……」
怜夜からの言葉に絆は少し黙って考えている。そして、一つ頷く。
「いいわ。私から話をしましょう。ただ、一つだけ言っておくわ」
「なんだ?」
絆は怜夜を指さすと、というか絆、人を指さすなよ。
「もし、私の導きだした答えが、あなたの考える答えと違っていた場合は必ず言いなさい、いいわね」
「いいぞ」
怜夜は軽く笑みを浮かべると、頷く。なんだか、勝負をする人間同士のやり取りに聞こえなくもないが、きっと違うのだろうな。
そして、絆は語り始める。
「今回の上山夫妻の目撃したものは何だったのか、まずはそこから話しましょう。私は、夫妻が目撃したものは、幽霊ではない。そう考えている」
そうだろうな。一連の反応などからも絆が幽霊などとは思っていないことは判ってはいたが、
「じゃあ、絆は何だと考えてるの?」
「生きた人間よ」
日葵の疑問に対して、一切の淀みなく答える。
「待て、絆。どうして幽霊じゃないと言い切れる」
怜夜が待ったをかけるが、その瞬間の絆は、心底何を言っているんだこいつは感の顔がすごかった。
「それは、あなたの考えているものが幽霊ということ?」
「いや、素直にどうしてそう言い切れるのかを聞きたいだけだ。じゃないと、九朗が納得しない」
なぜそこで俺に擦り付ける。お前がそういうものの存在を信じているからだろ!絆は一度俺を見て、日葵の方に視線を向けるとはぁと息を一つ吐く。
「いいでしょう。九朗」
「え、俺?」
「夫妻はどうして目撃したものを幽霊と思ったのかしら?」
なんで、問題にして俺に答えさせようとする!その答えを聞くためのもの、この場じゃないのか!だが、振られた以上は考える。
「見たのが、子供だったから」
「それだけ?」
それだけ? ということは、他にも要因があるということか。
「あなたは、夫妻が目撃した場所からこの中で唯一、実際に見ている。その時のことを踏まえて考えてみて」
実際に見てみて…俺は、その時の事を思い出してみる。あの時、逆光で上に立っている人間の顔までは正確には判らなかった。判るのなんて、シルエットぐらいのものだろう、少なくともお俺はそう思った。あれ、待てよ、見えなかったのになんで二人はその見たものが志保ちゃんだと考えたんだ?俺は、思考を絶えず巡らせる。
「もしかして、幽霊だと思ったのって、子供が山に入ってないからとかじゃないかな…」
日葵も俺と同じように、思考していたのだろう。そうだ、夫妻はその後、いろいろな人たちに山に入った子供がいないかどうか確認していた。つまり、
「山に入った子供がいないからこそ、志保ちゃんだと思った…」
「そう。夫妻はあの山で子供を見た。それは、恐らく間違いないわ。そして、確認しても山に入った子供はいなかった、誰一人もね。それなら、自分たちが見たものは一体何という問題が残る。そして、ふと頭をかすめるのは、噂。神隠しという現象が起こるとされている、噂を。そんな非日常が噂されているなら、もしかして、あの子供は…なんて具合に思考が飛躍してしまうかもしれない」
俺の答えを聞いて、絆があの日に起こったかもしれない仮定を話す。それが、答えであるかのようなどこか自信に満ちた声色で。
「上山夫妻はそこで、答えを出してしまった。そして、受け入れた、もういくら探しても見つからないという現実を。これが、失踪からそう時間が経っていないというなら、まだ違ったのかもしれないが、二十年という時間は、二人にはあまりにも長過ぎたのかもな。だからこそ、その奥にあるものを自ら隠してしまった」
怜夜が絆の言葉を補完するかのように、淡々と言う。その奥にあるもの?それはつまり、
「その正体が幽霊でないってことだよね」
怜夜が頷く。そして、すぐに絆が軽く咳払いをする。語り部を絆に任せておきながら、それ以上に語ろうとする、怜夜に釘を刺したのだろう。
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