⑮

「子供だけで、この山に入る子はこの村にはいないと思います。親や他の大人が言い聞かせています」


 この回答は正木巡査も同じ事を言っていた。余程この村では、この山に子供だけで入ることを固く禁じられていることが判る。


「それに、その日に村の子供たちが入っていないことは間違いないと思います」

「どうして、そう断言することができるのですか?」


 昇主人は、確信しているかのような言い方をする。


「訊かれた時のお二人の様子がどこか、普通ではなかったので、お二人が帰った後日、村の人達に訊いてみたのです。そしたら、村の子供たちにはみな、山に入っていないことが判ったのです」

「つまり、みんな所在がはっきりしていたのですね」

「はい。村の子供達はそんなに多くはありませんから、親と一緒にいたり、子供同士で遊んでいるところを他の人が見ていたりと、全員確認することができたのです」


 正木巡査はそこまでは言っていなかった。ということは、昇主人自身が調べたということか、本職の力を借りずにそこまでするとは、本当に良い人なのだな。だが、この証言でより一層上山夫妻が見た志保ちゃんは一体何者だったのかという問題が残る。


 しかし、怜夜と絆はその正体が判ったかもしれないと言っていたのだが、いつになったら話をしてくれるのだろう。


「なるほど。だったら、確かですね」

「でも、なぜお二人があんな事を聞いたのかが未だに謎なんですよね…」

「さあ、なぜでしょうね。もしかしたら、森で子供も目撃して、心配になって確認したのかもしれませんね」


 また、真剣な顔で嘘を吐く。少しだけ、事実が混じっている分より悪い。


「まあ、真意のほどは置いとくとして。次に聞きたいのは、その上山夫妻が来た日は、もしかしたら土曜日だったのはないかということです」

「はい。今回は、土曜日でしたけど…それが何かに関係があるのですか?」

「ええ、とても重要な情報です。ありがとうございます」


 昇主人の疑問ももっともだ。俺自身も何故そんな事を確認する必要があるのかが判らない。土曜日かどうかの何が重要なのか。むしろ、土曜日でないといけない理由がなにかあるという事か。


「昇さんは、夫妻が山に入られた日には、今日みたいに山菜を摘みには?」

「入りました。夫妻は私達の宿に宿泊していただいているので、今日と同じような感じですね。とはいっても、途中で別れましたので、実質山に入ってからはほとんど別行動のようなものでしたが…」

「その時別に変ったことはなかった」

「恐らく…それこそ、夫妻と合流した時に、訊かれたことぐらいのような気がします」

「そうですか……」


 怜夜は口元を手で覆うと、しばしの間考え込む。


「ちなみに、その日夫妻は泊まっていかれたのですか?」


 考え込む怜夜に変わり、絆が質問を続ける。


「ええ。泊まってはいかれましたが、どこか上の空といいますか、山から下りた後に例の事を他の方々にも訊いていましたが、答えは同じでしたから。もしかたら、二人の求める答えが得られなかったからかもしれませんけど」

「では、その日も、どなたかにお裾分けをしたのでしょうか?」

「お裾分け?」


 急にどうした、昇主人だけでなく、俺や日葵まで疑問符が頭の上に出てきてしまう。


「ええ。昨日も、薬地さんにお裾分けをしていたので、てっきりその日もどなたかにしたのかと思ったもので」

「いえ、その日は特に誰かに渡したという事はしていないです」

「そうですか」


 望む答えを得られたのか、絆は満足そうなだ。しかし、一体何がそんなに関係しているのか、さっきからよく判らない。二人は、何故そんなことばかり気にするのだろうか。俺も少し思考してみるが、思うようにまとまらない。


「すみません。変な事ばかり訊いてしまって、もう大丈夫です、ありがとうございました」


 思考の海を泳いでいた怜夜は、現実という名の陸に上がると、昇主人に礼を言う。こちらも欲しい情報は手に入ったと見える。


「いえいえ、何かのお力になれたのなら…それで、この後はどうしますか?まだ、山に残りますか?」

「いえ、調べるものは調べたので、大丈夫です。もし、昇さんの方が終わってないようでしたら、手伝いますけど」

「お客さまに手伝っていただくなど、言語道断です。私の方もある程度は終わっているので、このまま下山しましょう」


 怜夜がそう締める。実際俺たちは調べる事は調べたように思う。それに、これ以上この山に残って命に危機になるような事は避けたい。昇主人にもこれ以上訊くことはない、な。


「昇さん」

「は、はい」


 シートなどの後片づけをしていた昇主人を日葵が呼び止める。こんな真剣な顔をしている日葵は久しぶりに見る。昇主人に至っては、少し動揺している。一体どうしたのだ、何か俺たちが見落としている重要な何かに気付いたというのだろうか。


「最後に私から聞きたいことがあります」

「なんでしょうか?」


 なんという重い雰囲気だ。怜夜と絆も固唾を飲んでいる。日葵の口から一体どんな言葉が、質問が出てくるのか、俺たちは緊張していた。


「今日の夕飯はなんですか?」


 俺たちはズッコケた。文字通りの意味で。あの真剣な顔から繰り出されたのは、今日の夕飯についてだった。お前はもう、本当にもう、紛らわしい真似をするな。


 因みに、今日の夕飯は、畑で獲れた野菜のサラダと、お肉屋さんかた仕入れたステーキだそうだ。肩透かしを食らった俺たちだったが、その答えを昇さんから聞いた途端に、よくやったと日葵を褒め称えたのであった。ステーキという名の魔物に俺たちは心躍らせたのだ。


 本当に楽しみ!

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