③

「でも、真樹君はどうしてこの村にいたの?」

「忘れたの、日葵。その日は土曜日だった、つまり英子さんが図書館で働く日よ。そして、その日は真樹君も連れて来ていたのでしょう」

「あっ」

「英子さんが働いているから、その間に遊ぶ為に山に入ったっていうのが妥当なところかしら。そして、上山夫妻と真樹君は怜の場所で遭遇した。真樹君は焦ったはずよ、本当なら入ってはいけない場所。それを大人に見られた、そうなれば当然怒られる。だからその場から急いで逃げて、例のお堂に隠れた、そんなところかしら」


 絆の言う通りなら、二人が探しても見つからないはずである。目撃された人物が、自らの意思で隠れてしまったのだ。


「でも、昇さんは子供たちの村にいた子供の所在を確認したって…」

「確認をしたのは、夫妻が宿泊して帰った後、その日に薬地親子は村にいない。その前日に、英子さんにお裾分けもしていないから、会ってはいないのでしょう。真樹自身も怒られることを危惧して、山でのことは黙っていたはずだから、英子さんもその事を知らないのでしょう」

「じゃあ、上山さんたちが見たのは…」

「志保ちゃんの幽霊などではないわ」


 絆が日葵の言葉に対して、きっぱりと宣言する。


「だが、絆」

「何かしら?」

「お前のその考えは、全部想像でしかないよな」


 俺は、絆の考えを聞いていた。しかし、状況的にはそれらしく見えるが、どれも決定的なものは何一つない。言ってしまえば、ただの妄想でしかない。

 だが、俺の言葉に対して、絆は怯むどころか、何も変わらず凛とした顔を崩すことなく、まっすぐに視線を俺に向けたまま言う。


「ええ、そうよ」


 ガクっ。その顔から繰り出された言葉に思わず、体が崩れてしまった。てっきり、反論がとんでくるかと思いきや、まさかの肯定とは。


「なら…」

「しかし、現実的に考えて時に、想像できうる可能性の高い答えは、これしかないわ」


 現実的。つまり、幽霊という非現実的な答えよりもということのだろう。絆は、あまり幽霊などの非現実的なもの、不思議な現象や話に対してはどこか懐疑的は考えを持っている。だから、それと真逆な考えを持っている怜夜とはよく衝突も起きる。まあ、それは絆なりの心配の末の行動なのだが、本人に言ったら怒られるから黙っておくが。


「じゃあ、結局答えが増えただけだよね」

「日葵。数学と違って人それぞれの答えがあるわ。今回の事で、上山夫妻は志保ちゃんの幽霊を見たことで、二十年間に区切りをつけ、ようやく進める。だからこそ、わざわざ私達が出した答えを誰かに言う必要性はない」

「それなら、これはなんの為?」

「決まっているでしょ。私達が納得するためよ。幽霊なんて安易な答え以外にも

現実的な答えがあるという」


 内輪だけの答えか。まあ、絆の考えを聞いて、幽霊よりかはどこか納得している自分がいるのも本当だ。それに、絆の言う通りだ、このことをわざわざ言う必要はない、まして上山夫妻には、せっかく二十年という長い過去から未来に進む決心をした人たちにこれは、あまりにも酷であり、必要のない事だ。


「そうだね。でも、神隠しの謎は結局判らいないままかー。怜夜は残念だね」

「そうでもない。僕は満足しているよ」


 そうか。結局神隠しについては何一つ判らないままか、ある意味不思議なままで終わって怜夜は満足しているということか。

 そう思っていたなかで、ふと絆の方を見ると、怜夜の事を見ながら若干の戸惑いのようなものが見えた。


「満足している?」


 軽く呟くように言った言葉は日葵と怜夜には聞こえていないようだった。しかし、絆のこの言葉と態度もまた俺には、何を意味しているのか判らなかった。


「怜夜、本当にいいのか?」


 俺は運転席から声を掛ける。


「ああ。宿泊の日数はまだあるし、もうちちょっとここにいるよ」

「そうか」


 昨日の話し合いから、ちょうど夕飯時になり、俺たちのここに来た目的は一応の結末を迎えたわけで。まあ、絆が言った答えが正しいかどうかを確認することもできたが、俺達はそうはしなかった。だが、絆の導き出したものがきっと真実なのだと俺達は納得した。


 そうして、夕食と相成ったわけなのだが、最高で素敵なステーキであったことは間違いのないことであった。俺は心の中で思っただけであったが、怜夜はそんなくだらない親父ギャグを言葉に出してしまい、絆からの強烈なツッコミを貰ったことはこれまた間違いのないことであった。そして、かみやに宿泊をしていた俺達は、翌日つまり今日帰ることにしたのだが、怜夜だけはまだこの村に残ると言った。何度か、俺や日葵は理由を尋ねたが、詳しいことは言わず、ただ滞在の日数が残っているからと言うだけであった。そもそも、ここに来た目的は上山夫妻が見たものが、何だったのかという疑問を解く為だ。その、解も一応出た。絆の解に対しての、怜夜の解は反論ではなく、肯定だったのだから。


「また、山に入って遭難とか止めてよ」

「日葵。僕が何度もそんな目に遭うようなマヌケに見えるのか?」

「うん」

「…」


 助手席から飛んでくる日葵のストレートな言葉は、怜夜にクリーンヒットしたみたいだ。そんなやり取りを聞いていながら、俺は後部座席に視線を向ける。そこには、いつも通りの絆が居た、少なくとも俺にそう見えるのだが。日葵曰く、昨日から、より詳しく言うなら、あの話し合いの後ぐらいから様子がおかしいらしい。俺にはいつも通りに見えるのだが、どうしたのか。


「判ったから、早く帰れ。向こうに着くのが深夜になるぞ」


 日葵とのやり取りに疲れたのか、怜夜が手で追い払うような仕草をする。ここからの運転は俺だから、そろそろ帰るか。


「じゃあ、またな怜夜」

「ああ、気を付けて帰れよ」


 そう言って、俺は運転席のサイドウィンドウを閉め、車を発進させる。こうして、俺達は上条村を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る