③

 俺達三人は村のことを知るべく、村の資料が置いてある、とはいっても村唯一の図書館に来ていたのだが…。まあ、図書館とはいってもその建物は一階建ての平屋の家を改築して造られた建物だったのだが。その場所に行く前に道を歩いている村の人に図書館の場所と休館日ではないかの確認をとり、ここに来て引き戸になっている入口のドアを開けると、室内にある閲覧用の長テーブルで大量の本の山を積み上げている怜夜がいた。ちなみに関係はないのだがこの図書館のテーブルとイスはすべて木で出来ており、すべて手作りであるらしく一つ一つ形が違う。


 そして、俺達の探し人は、テーブルに座って本を読んでいた。本当に出逢っちっまたよ。他の二人も怜夜の存在に気が付いた。


「あっ! 怜夜久しぶり!」


日葵のよく通る声に、怜夜もこちらに気が付いた。


「なんで三人がここに? というか、日葵。ここは図書館だから静かにしろ」


 怜夜がそう言うと、視線を正面に向ける。俺達もつられて視線を向ける。入口から見て左手はカウンターがあり、そこに司書と思わしき女性が一人いた。


「今は他に人もいませんし、少しぐらいなら構いませんよ。でも、あまり騒ぎ過ぎないようにしてくださいね」

「はい」

「すみません。薬地やくじさん」


 俺達は頭を下げる。あの、司書の方は薬地さんというのか、長い黒髪を後ろでまとめて銀縁の眼鏡をかけている。なんというか図書館が似合う人だと思ってしまった。

 そんな風に考えていると、絆が無言で怜夜のもとへ向かう。そして、怜夜の元まで行くと、


「久しぶりだな、き、うがぁ!」


 机の上に積み重なっていた本の山から一番上の本を取ると、一閃、思い切り怜夜の頭に振り落とした。いや、絆、お前いくらなんでもやり過ぎだろうが!


「怜夜、静かに!」


 いや、日葵そこじゃない!


「申し訳ありませんが、本は丁寧に扱ってください」


 いや、薬地さんもそこじゃない!


「安心しなさい。峰打ちよ」


 そうか、なら安心…だからそうじゃない!


「怜夜! 大丈夫か!」


 流石に俺ぐらいは心配してあげないと、不憫すぎる。俺は机に沈んでいる怜夜に近づく。絶対峰内とかじゃないぞ、これ。


「いたた、なんか知らない人が川の向こうで手招きしている人が見えたような…」


 お前それ、言ってはいけない世界に行こうとしてただろう。


「というか、いきなり何するんだよ、絆」


 頭をさすりながらいまだに目の前で仁王立ちしている仁王いや絆に、怜夜が問いかける。


「人に心配をかけておいて、悪びれもせずにのうのうとしているから、つい。まあ甘んじて受けなさい」

「いや、まずはお前が悪びれろよ…」


 もっともだ。今俺の目の前でとんだ理不尽の暴力がある。まあ、本人は全然悪びれする様子もなく、怜夜の目の前の椅子を引くとそこに座る。いつまでも立ちっぱなしというのもなんなので、日葵は絆の隣に、俺は怜夜の隣に座る。


「というか、本当になんで三人がここにいるの?」


 そういえば、怜夜には何も連絡せずにここに来たんだった。俺は和尚から、あの話を聞いた旨を怜夜に話す。


「なるほど。あの話を聞いたんだ。確かにあの話を聞いたら現地に来たくなるのも頷けるかな。でも、三人揃ってなんて珍しい」

「私たちがそんな理由でここに来たわけではないわ」

「?」


 そう、俺達がここに来たのは別に神隠しの事が気になってこの地に来たわけではない。


「怜夜のことが心配だからに決まってるでしょ」

「僕の事が?」


 日葵の言葉に対しても?マークがつくとは、こいつが本当になんというか。


「馬鹿の一言に尽きるわね。あなた、つい先日ここでどんな目に遭ったかもう忘れたのかしら」

「うっ!」

「また人様に心配をかける前に、未然に防ぎに来たのよ」


 もうすでに、俺たち三人の中では何も起きないということはないと思っている。


「それで、どこまで分かっているの?」


 前回の件も含めての質問であろう。


「そうだな…」


 怜夜は顎をさすると、とてつもなく真剣な顔で、


「何も判らん」


 バキッという音が怜夜の頭からする。絶対峰内の音ではないことだけは確かである。


「申し訳ありませんが、本は丁寧に扱ってください」


 やっぱり心配するところはそこなんですね、薬地さん。だが、実際それはこの図書館の物だから手寧に扱えよ、絆。


「戯言はいいから」

「そうだよ、怜夜。いくらなんでも何も分からないなんてことはないでしょ。遭難までしたんだから、何かしらは掴めてはいるでしょ?」

「そうはいってもなあ…」


 怜夜の口調からすると本当に分かっていないのだろう。いや、質問の仕方を変えてみるか。ちょうど薬地さんはカウンター裏に行って、話を聞かれることはないだろうし。


「怜夜。お前がもう一度ここに来たのは、小径寺に来た山で失踪した子供を見たって話が本当かどうかを調べに来た、そうだろ」

「ああ。あの話が本当なら神隠しにあった可能性がある、なら調べないわけにはいかない」

「実際お前から見て、あの話は本当なのか?こう言ってはなんだか、見間違いとかの可能性もあるわけだろ?」


 正直俺はその可能性が高いのではと考えている。


「確かに、上山さんは話をしている時も自分は白昼夢をみていたのかもしれないなどろ言ってはいたが」

「だったら…」

「でも、これだけははっきりと答えている。あれは人だった、子供だったと。いくらなんでも他の動物と人を間違えたりはしないだろ」

「なら、山に入っていた他の子供だったとか」

「役場の人に、その日の入山記録を調べてもらったけど、それらしい子供が山に入った記録は無かった」

「だったら、子供だけで山に黙って入ったとかは考えられるんじゃない?私も昔おじいちゃんの家の裏山とか勝手に入って遊んでたし」


 日葵の父方の実家が東北の方なので、自分の実体験を交えて発言する。一度だけ挨拶も兼ねて訪ねたことがあるが、その裏山は結構な規模の山だ。


「僕もそれは考えたから、この村の子供たちに聞いたけど山には勝手に入ってはいけないことを固く言われているのか、誰も入っていないと言っていたよ」

「でも、それはもしかしたら入ってはいけない山に入って遊んでいた事実を大人に知られて怒られる事を嫌がって、嘘をついている可能性だってあるわよね」

「それを言われたら、僕からは返す言葉はないよ。でも、ここの子供たちは嘘をついてまであの山で遊ぶ必要性がないと僕は思うけど」


 そうなのだろうか、実際今日は土曜日だというのに利用者が誰もいないというとこは、他の場所で遊んでいたりするのではないのだろうか。それこそ、山を探検などは子供たちが心躍る遊びではないのだろうか、俺は子供の頃はワクワクしたものだが。まあ、隣のこいつが常に突進していくので、ワクワクというよりかはドキドキという表現が合っているな、うん。


 絆は怜夜の答えを聞いて、少し考えを巡らせ、一つ息を吐くと、


「分かったわ。仮にこの村の子供が嘘をついていないという仮定で話を進めましょうか」

「そうしてもらえると助かる」

「そうなると、上山さんが目撃したのは、一体なんだったのかな?」


 日葵のその質問の答えをここにいる誰も答えることは出来なかった。


「その正体を知る為に僕はここに来た」


 そう言いながら、怜夜は持っていた本のページを捲る。なんの本を読んでいるのか、気になって表紙のタイトルを見てみると、法律関係の本だった。いや、お前それは今関係あるのか?


「怜夜」

「うん?」


 絆からの呼びかけに読んでいた本から視線を上げる。


「大体の話は二人から聞いているけど、あなたの口から改めて、上山さんの話を聞きたいのだけれども」

「聞いているなら別に…まあいいか」


 そう言うと、読んでいた本を閉じ、怜夜は話を始める。俺たちも和尚から話を聞いているが、怜夜から改めて聞けば何か気付きがあるかもしれない。

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