➁
「怜夜は今ここに?」
「いえ、久能様は朝早くにお出かけになりましたよ。なんでも調べものをするそうで、場所までは詳しく聞いてはおりませんが。ですが、以前いらっしゃったときに山で遭難されてしまって、気を付けくださいとは言ったのですが…」
「はい。私達も休養も兼ねつつ彼が無茶をしないように監…見守りに来たのです」
「なら安心ですね」
神谷さんはどこか安心した様子だった。しかし、絆、お前今…、
「絆、今監…むごっ」
絆は日葵の口を速攻で塞ぐ。そして、何事もなかったかのようにほほ笑むと神谷さんに会釈をする。神谷さんも頭を下げると一階に下りていく。
「じゃあ、部屋は私が奥でいいわよね」
日葵の口から手を離すと、俺の手元から鍵を取るとそそくさと奥の部屋に荷物を運び入れる。
「ちょっと待ってよ!私は九朗と同じ部屋なの?」
えっ! 嫌なのか、日葵!
「当然でしょ。あなたたちは腐っても恋人同士なんだから。不都合はないでしょ」
「だって九朗とは会いたいときに会えるけど、絆と一緒なんて久しぶりだし、だから偶にはいいじゃん」
「それなら、この件が終わった時の温泉旅行でもいいでしょ。二人の仲を裂くのは心苦しいわ」
「いや、こんなことで裂けるわけがないだろ」
というか温泉旅行行きは確定なのか…しかし、それしきのことで俺と日葵の仲が終わるなど…ないよな。相手が絆だとちょっとだけ自信がなくなってしまう。
「約束だからね!」
「ええ」
そう言うと部屋に入っていく。そんな絆を見送ると、日葵は俺の方に振り返る。
「じゃあ、私達も荷物運んじゃおうか」
「おう」
俺達は荷物を運ぶべく、部屋201号室のドアの鍵を開ける。部屋の広さはおよそ十畳ほどだろうか、二人で横になっても十分に広い。部屋の真ん中には正方形のテーブルがあり、それぞれ左右向かい合わせに座椅子が置いてある。そして正面には窓がある。その窓の横側、俺達から見て右手にはテレビがある。逆側には二段の棚があり、ポットなどが入っている。
「お、なかなかいいじゃん!」
日葵は部屋に入るなり、持ってきた荷物を部屋の片隅に置くと、すぐに部屋の中を興味津々な様子で見ている。まるで、子供のようだ。そんな感じで日葵を見ていると、部屋のドアがノックされた。
「はい」
俺が返事をすると、ドアが開く。ドアの向こうには先ほど分かれたばかりの友人がいた。
「準備はできた?」
「準備?」
日葵が?の疑問符を頭からだしながら答える。
「日葵。ここに来た理由は何?」
「もちろん温泉に…」
「それは、次回でしょ」
「あはは、冗談だって。怜夜だよね」
そう、俺達がこの場所に来たのは、決して休暇の旅行などではない。まだ、俺達は目的の人物にあってはいないのだ。
「だが、絆。あてはあるのか? 神谷さんは怜夜がどこに行ったとまでは聞いていないみないだが」
「だからといって、このまま待っていても実りはないわ。やれることはしないと」
「やれることか。そうだな」
確かにこのままあいつの帰りを待ったとしても、いつ帰ってくるかも定かではない。ならばむしろ行動を起こした方がいいか。
「だったら、怜夜が遭難したっていう山に行ってみようよ」
「そうね。現場を見てみたいし、神隠しの山を。でも、確か山に入るには役場に行って許可がいるのよね?」
絆は俺に対して質問してくる。
「ああ。あそこは役場が管理していて遭難などの事故に備えて、事前に入山する際には役場に報告することになっているらしい」
そのことは、以前怜夜から聞いていた。
「なら、まずはその役場に行ってみましょうか。まあ、意味はないと思うけど」
とりあえずの行先は決まった。というか、最後の絆の言葉が聞き取れなかったのだが…はて。
役場自体の建物はなかなか年期がはいっており一階建てである。ガラス戸の間から見る限り受付の窓口は二つあり、そこでいろいろな手続きを行うらしい。実際この村の規模ならそのぐらいで足りてしまうのだろう。実際、俺達が訪ねた時は誰もいなかった。そう、誰もいなかった職員の人も、である。考えてみれば、当然だ、今日は土曜日、役場は休みである。
「絆、お前判っていたな」
「ええ」
「えー!じゃあ、なんでここに来たの?」
「役場の建物に興味があったのよ。こういう場所の役場の建物は資料になりそうだし」
「お前の仕事の為かよ…」
そう言うと、絆は持参していたカメラで建物を撮り始めた。まったくとんだ徒労だ。宿からここまで徒歩で来たから本当に徒労だ。まあ、来る途中でいろいろと散策して楽しくはあったのだが。だが、俺達の目的は別にあり、いつまでもここにいるわけにいかない。
「絆、そろそろいいか。当初の目的を忘れたわけじゃないだろ」
写真を撮るのを止めて、俺達の方に戻ってくる。
「でも、これじゃああの山の中には入れないわけだよね、どうするの?」
「じゃあ、ここの村の資料を見てみるというのはどうかしら」
「だんだんと目的から遠くなっている気がするのだが…」
絆のやつ、怜夜がどこにいるのか分からないからって自分の興味のあるところばかりいこうとしていないか。
「いいじゃん、九朗。どうせ、怜夜がどこにいるのか判からないわけだし。そのうちどこかでばったりなんて可能性もあるし、それにそうならなくても、夕食までの時間つぶしだと思えばいいと思うけど」
「それは、そうだが」
いくらこの村がそんなに広い村ではないとはいえ、そんなばったり会う可能性はないと思うが、それでばったり会ったら驚く。そう、そんな可能性はそうそうないだろう。
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