二章 上条村へ

 ①

「なるほどね」


 後部座席に座る絆に今までの経緯を説明して、納得したようだ。助手席に座っている日葵は旅行気分が少し入っているのか、外の景色に一喜一憂している。


 小径寺で話を聞いてから、数日たった週末の土曜日に例の山に向かうことになり、今現在向かっている最中である。何故週末なのかは、俺と日葵の休みが被った事、そして、絆は一年中忙しい身分なのだが、俺達が行くことを伝えると、予定を開けるという連絡がきて三人で怜夜の元へ向かうことになったのである。


「怜夜が飛びつくような話ね。でも、幻庵さんが許可を出したという事は、その山には何かが本当にあるのかもしれないわね」

「実際に人がいないくなって、そのいなくなった子の幽霊がでたなんて話があった時点でもう十分だと思うが」

「そうね、よくある失踪ではなく、神隠しがあるなんて言われている山なんて言われている場所での失踪だしね。まったく、怜夜はどうしてこう騒動を呼び込むのかしら」


 それについては本当に同感の極みだ。


「怜夜の場合、そこから後先考えずに飛び込んでいくから、余計に始末が悪いよ。心配するこっちの身にもなって欲しいよ」


 日葵に言う通り、そこが怜夜の悪い部分だろう。その結果が前回の遭難である。まったく俺達の心配を少しは理解して欲しいものだ。


「でも、気になるわね。その幽霊の話は」

「絆は信じるのか、幽霊を見たという話を」

「今の段階ではなんともというのが素直な感想かしら。その幽霊を私自身が見たわけではないしね」

「だよな」


 和尚も同じような意見だった。そんな俺自身も同意見だ、やはり人は自分自身で見たものを一番に信じるのだと思ってしまう。


「もし、そのお母さんが見た幽霊が本物だったとしたら、その幽霊は何を伝えたかったのかな…」


 日葵は外の景色を見ているようで、いまだ見えない場所に向けて言葉を発しているように感じた。伝えたかったこと、もしそんなものがあるのだとしたら、それはなんなのだろう。


「逢って訊くしかないわね」

「…冗談だよな」

「少なくとも、冗談と思っていない人物がすでにその場所に行っているのでしょ。まったく」


 あははと苦笑している日葵と黙る事しかできない俺は、同時に思った。怜夜、ドンマイ。現実的に恐ろしい存在があなたの元へ参りますよ。バックミラー越しに絆を見るが、表面上はいつも通りだが、内心はご立腹だったのか。


「九朗、何か言いたそうね」

「なんでもないです、はい」


 俺までとばっちりを受けてはかなわない。俺は安全運転をするべく運転に集中することにした。


 国道を逸れて、舗装された山道の中を車が走っている。カーナビを起動させてはいるがどこか頼りないアナウンスが車中に響く。とはいってもほぼ一本道のようなものだから道案内は必要ないのだが。


「ずっと木ばかりで、退屈」

「人口物が林立した都会よりは心休まるわ」

「だったら、今度は自然豊かな場所で温泉に浸かりながら、美味しいのでも食べにいこうよ、絆」

「あら、いいわね。ぜひこの件が終わったら行きましょう。当然、あの馬鹿のおごりでね」

「おー!」


 本人のいないところで着実に旅行の予定がまとまっていく。その時は俺も是非便乗させていただくとしよう。温泉でゆっくり…よし、絶対行こう!


 そんな話をしていると、気に囲まれた道を抜けると、目の前には住宅と思われる建物が見てきたが、家と家の間には田んぼや畑があり、家と家の間は結構離れている感じだ。都会では考えられない距離感だ。しかし、その光景はどこか落ち着くというか圧迫感のようなものがなく、気持ちがいい。どうやら、目的の場所に到着したみたいだ。


 村の中心に近づくにつれて、建物の数も多くなってきて、どこか私たちの生活の匂いがしてきた。そんな、中心から少し外れた場所に、今現在、俺達が向かっている建物がある。そして、その建物の横にある駐車場に車を停める。


「着いたの?」

「ああ。ここに怜夜がいるらしい」

「かみや、なかなか趣ある宿ね」


 民宿かみや、ここが唯一の宿らしく、前回も怜夜はここに世話になったそうだ。俺はそのことを和尚から聞いていた。ちなみに、予約もすでに三人分とってある。外観は二階建てで宿ということで、他の家屋と比べると大きく、中は広そうだ。俺達は宿に入るべく車から降り、後部座席の後ろのトランクルームからそれぞれの荷物を下ろす。しかし、俺がトランク一つに対して、日葵は二つ、絆に至っては三つも持ってきていた。絆多すぎないか、一体何泊するつもりだ。


 そして、当然のように俺に荷物を任せて先に…などという事はせずに、自分の荷物をそれぞれ自分で持っていこうとする二人に対して、俺は自分のも含めて彼女たちとトランクを一つずつ持っていく、男としてはこのくらいはせねば。だからといって、流石に俺も腕は二本しかないから、絆、もう俺は持てない。


「遠いところからようこそおいでくださいました。この民宿を経営しております。神谷花かみやはなでございます」


 俺達を六十代ぐらいの人のよさそうな女性が出迎えてくれた。


「それでは、こちらに記帳をお願い致します」


 俺は自身の名前と住所等書き込んでいく。


「ここはあなたお一人で経営されているのですか?」


 絆が出迎えてくれた女性に対して質問する。確かにこの規模の民宿なら少ない従業員でまわりそうだ。実際他の従業員の気配を感じない。


「いいえ、主人と二人で経営しています。主人はここでは板前もしておりますので、今は山に山菜などを採りに行っておりますので、今は私一人ですね。今日は、山菜で天ぷらにするつもりですので、楽しみにしていてください」

「いいですね!楽しみです!」


 日葵がものすごい反応をする。お前は昼にしこたま食べただろうが、肉を。そんな話をしているうちに名前諸々を書き終えた。


「ありがとうございます。あらためて、ようこそおいでくださいました、鬼城様。お部屋にご案内いたします」


 そう言って、俺達を二階に案内する。二階は部屋が右手にドアが二つ、左手に二つの合計四部屋あった。そのうち俺達に割り振られたのは右手の二部屋だった。


「では、ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 それぞれの部屋の鍵を渡すと、軽く会釈をして一階に下りていこうとする。


「あの、すみません」

「はい」


 去ろうとする神谷さんを呼び止めて俺は聞かなければいけないことを聞く。


「私達より先にここに泊まっている客がいると思うのですが…」

「ええ、お一人いらっしゃいますが…」


 俺の質問にどこか訝しんでいる反応をする。当然だろう。


「当然すみません。実は、その友人から連絡がありまして、多忙な私達を気遣って、今来ているところなら十分に心と体を休めることができるから、こっちに来ないかと。そして、泊まっておる場所もその友人から教えてもらったのです。名前は久能怜夜くのうれいやと言います」

「ああ、そうだったのですね。ええ、その方なら先に泊まっていらっしゃいますよ」


 絆の淀みのない嘘と怜夜の名前の真実が神谷さんのどこか疑いの気持ちがあったのだろうが、その心を見事に氷解させる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る