④

 上山夫妻は失踪した子供、上山志保かみやましほちゃんが二十年前に失踪した日に必ずこの村、上条村村に娘の手掛かりが何か発見することはできないかと、探しに来ていたのだそうだ。失踪当時唯一の遺留物は黄色の長くつだけだった。その日も、夫妻はこの村へと足を運び、そして失踪したあの山に入り探していた。


 そして、その時は突然きた。夫妻は山の傾斜になっている場所を探して、ふと上を見上げると、傾斜になっている山の上にいた、子供が。夫妻はすぐにその場所へと向かったそうだ。しかし、その場所に夫妻が到着した時には、誰もいなかった。夫妻は当然周辺を捜索したが、それらしい子はいなかった。


 夫妻は下山してすぐに役場の人間に聞いたそうだ、山に子供が入っていないかと。しかし、答えはいないだった。その話を聞いて夫妻はもしかしたら、あれは…と考えて唯一の志保ちゃんの遺留物を供養しようと決めたそうだ。


「それは、つまり夫妻は自分たちが見たものが志保ちゃんの幽霊だと考えたわけね」

「行動の流れから考えれば、そうだろうな。だからこその供養だったのだろう。志保ちゃんへの冥福の祈りと、そして自分たちへ言い聞かせるために」

「自分たちへ言い聞かせる?」

「志保ちゃんはもういないということを」


 怜夜の一言ではっとさせられる。俺たちは他人だ、だからこそ二十年前に失踪と聞けば、生きている可能性はないと思う。しかし、当事者としてならどうだろうか。俺は果たして自分の子供がいなくなって、それを受け入れることなんてできるか、


「それはつらいね」


 そうだ、できるわけがない。何も見つからないのだ。ずっと苦しいのだ。だからこそ、今回の目撃は夫妻にとって、諦める、いや違う。受け入れることへのきっかけになったのだ。

 志保ちゃんはいないのだと。


「ちなみに、失踪当時はどのくらいの規模で捜索したのかしら?」

「それについては、この記事を見てもらった方が早いな」


 どこか重くなってしまった、雰囲気を和らげるかのように、絆は怜夜に質問する、そういえば失踪当時の状況を俺たちは知らない。怜夜は本の山からファイルのようなものを取り出した。それは、それは過去の地方紙をまとめてあるものだった。恐らくこれもこの図書館で保管されていたものだろう。そして、パラパラと怜夜は捲っていたが、あるページで止めると、そのページを俺たちに見えるように、テーブルに置く。

 その記事は小さい記事であるが、女児が山で失踪したことが書かれていた。


「あまり大きな記事ではないという事は、捜索自体何も得られるものはなかったということね」

「ああ。一応警察や消防、村の人達で山狩りは行ったが、一週間ほど経っても見つかったのは長くつだけで他に発見はなかった。記事自体もそれ以降なにも載っていない」

「人一人がいなくなったのに…」


 日葵はなんともやるせない表情でつぶやく。


「怜夜、そもそも志保ちゃんはどういう状況でいなくなったんだ?」

「記事にはそこらのことは詳しく書いてないし、上山さんにも詳しくは聞いていなかったから、当時の状況を知る人に話を聞いた。当時、上山一家はこの村に旅行に来ていたそうだ」

「旅行?」


 こんな場所になぜとうのは、失礼に当たるが、実際ここに旅行に来る目的がみえない。


「旅行の目的など人それぞれだろ。現にこの話は民宿の神谷さんに聞いたから」

「二十年前も民宿やってたんだ」

「ああ。ずっと、村唯一の宿だよ。それに、あそこの主人は志保ちゃんの捜索にも加わっていたはずだ。で、話を戻すと旅行としてこの村を訪れていた家族は、あの山に入った。そこでいつの間にか志保ちゃんだけがいなくなっていたそうだ」

「なんで、山の中に入ったのかしら?」

 

絆は地方紙を集めたファイルをパラパラと捲りながら質問する。


「それについては、神谷さんたちも気になって聞いたらしい。なんでも、娘に自然を味合わせてあげたいとのことだったらしい」

「そんな理由で入ったのか…」

「まあ、上山夫妻は生まれも育ちも都会の方だったから自然に触れる機会があまりなかったそうだ、だからこそ自然豊かな場所という所に憧れというかそういった思いがあったのかもしれない」


 思わず言葉にしてしまったが、確かに怜夜の言う通りかもしれない。それこそ都会のコンクリートジャングルで育ってしまえば、地方の自然豊かな森に癒されたいと思うのも分からなくはない。


「そして、あの山はそれ以降、入山の際には申請することになったってわけだ」

「あれ?その事件がきっかけで役場での申請が必要になったということは、それ以前はそこまで厳しくなかったということ?」


 怜夜は頷く。それ以前は自由だったということか。


「もともと山っていうのはそこ自体が神聖なものだと考えられたりもするからな、そこに古くから住む人達が無闇やたらと山に入ることもなかった、山の素晴らしさも恐ろしさも知っていたはずだしな」

「だとするのならば、神隠しのことはいったいどこから知り得たのかしら? 山に対して畏敬の念を持っていたのならば、村の人達から漏れることは低い。あなたはそのことをどうして知りえたの?」

「それは、これだな」


 怜夜は、先ほどとは反対の本の山から雑誌を引き抜く。しかし、この本の山は崩れないな、どうなっているんだ。それは週刊誌のようだった、いかにもゴシップ記事を扱っていると分かる、表紙だった。怜夜は本をパラパラと捲ると。あるページを開くとテーブルに置く。


 上条村で神隠し! そうデカデカと大きな文字で記事は始まっていた。


「この記事には、志保ちゃんの失踪の事を神隠しだと書かれている。そして、なぜそれが神隠しと呼ばれるものなのかも」


 記事の内容を更に見ていくとその答えがあった。


「過去にもここで人が失踪しているのか…」


 記事によれば、志保ちゃんの事件から遡れば、数件同じように山での失踪の事件があったらしいことが書かれていた。そして、無論失踪者は見つかってはいない。そして、記事の最後の方にはこの村の近隣の町や村の証言者のインタビュー記事もあり、その人達は神隠しがあの村では起きるという発言があった旨の記述もあった。だが、


「この記事って信憑性はないよな?」


 よくあるゴシップ誌だ。正直俺はこの手のものがあまり好きではない。だからなのか、すぐには信用することはできないでいた。


「まあな。記事の内容から見ても、正直面白おかしく取り扱っているだけで、被害者たちのことを何も考えていないことが伝わってくる内容だからな。だからなのか、これ以降はこの雑誌でこの事件を取り扱ってはいない」


 確かに、被害者からしたらたまったものではないだろうな。神隠しなどとそんな言葉で括られて、面白おかしく取り上げられては、憤慨ものだ。


「だとすると、他にもあるのね?」

「ああ。ここの神隠しの話はその界隈でも結構有名でな。俺も全国各地にある話の一つとして軽く聞いたことがある程度だった。で、前回は和尚と話をしていてふとしたことで、話題になったから調べてみようと思って…」

「遭難した」

「もう勘弁してくれ…」


 そういって頭を下げる、怜夜。これでは話は先に進まないな。俺は怜夜の下げている頭を上げさせようと…。


「そういうのはいいから、早くしてよ!」


 日葵が両手で頭を掴んで上げさせる。上げる力が強すぎて、怜夜が後方に倒れる。日葵力加減! 絆、肩を震わせるな!倒れている怜夜に手を貸す。


「いたた。日葵、お前ちょっとは加減しろよ」


 怜夜は腰をさすりながら椅子に座り直す。


「つまり、話を戻すと、この村で神隠しがあるかもしれないというのは、その手の話が好きな人達からすれば、知る人ぞ知るって感じだったわけだ。結局人の口に戸は立てられないということだ。現にこうしてゴシップ誌にも知られているわけだしな」

「じゃあ、次の質問よ。本気でこの神隠しの本質を暴くつもり?」


 絆の質問に対して、怜夜の雰囲気が少しだけ変わったように感じた。怜夜はこういった話を集めることを趣味としている、その中で当然人が嘘偽りででっち上げたものも多くある。普通ならがっかりしたり、怒ったりするものだが、怜夜はそれに対して常々口にしている。


 それは、人それぞれが決めることだ、と。

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