③
神隠し。ある人物が忽然と消失する現象。今でこそそういったことが起きれば、怜夜のように迷子になったりした、あるいは消えた本人の意思によって消えた、家出などと可能性の想像はできるのだが、昔の人達はその現象自体を神の仕業によるものと捉えることが多かったと聞く。
「神隠しの話自体は結構あるのだけれど、今までそういった場所に行く機会がなかったから、行きたくなって」
「お前、そんな遊園地に行くような感じで行くなよ…」
「そんな浮ついた気持ちで行くわけがないだろ。本気で臨んでいるよ」
「余計に性質が悪い」
その本気の結果が迷子では救いようがない。
「その気構えには尊敬の念に堪えませんが、それで迷子になって他人に迷惑になっていては救いようがないですよ。こっちは君が本当に神隠しにあったのではないかと肝を冷やしかけたのですから」
「……」
俺が思った事を言葉という鋭い刃で一刀両断していく。この容赦のなさは絆にも匹敵するほどだ。二人が揃ったときなど…想像することすら避けたいと思ってしまうほどだ。まあこの二人は心配してのことなので止めるつもりもないのだが。
「実際問題どうだった、その神隠しがある山というのは?」
助け舟を出すわけではないが、こいつの事だから何か気付いた事でもあったのではないどろうかと考えてしまう。
「山自体は特別に何かあるとは思わなかったかな。ただ、人の手がそこまで入っているわけでもないから、結構危ないかもとは思ったよ。実際問題あの山に入った人が事故に遭ったりして怪我をするといったこともあったみたいだし」
「怪我人が出ているのに対策を講じていないのか?」
「いや、事故が起きた場所や起きそうな所にはロープが張られていたりして、対策はしてあったよ。山に入る時も役場の人から注意喚起は受けていたし。でも、その山自体も村が管理はしているけどすべてを管理するのは現状難しいって感じだね」
そう言うと怜夜はお茶を啜る。そして、対面で同じくお茶を飲んでいた和尚も同意するかのように言葉を引き継ぐ。
「自然を管理する事自体が人の手に余るものです。私もこの寺だけで手一杯で周りの山々までは手が回りません。居候がもう少し意欲的なら気にも掛けられるのですが」
怜夜はまるで聞こえない振りでもするかの如くお茶を飲んでいる。口ではなく耳を塞げよと思わなくもない。
「山自体には何も思わなかったけど、気になった場所はありましたよ」
自分に向かってくる刃を少しでもいなす為に、話題の切っ先を反らすかのように話を変えていく。
「山の奥の方にお堂のようなものがあったのですよ」
「お堂のようなもの?」
「山の中を歩いていたら見つけて、でも、あちこちボロボロで長い間放置されているのかってぐらい荒れてたな。もしかしたら、寺かもしくは神社があったのかもしれないが。後で確認してみないといけない。でも、中を見たりしたけど何も無かったんだよな」
「それこそ勝手にそんなことしていいのかよ」
「もしかしたら、何か神隠しについての手掛かりに繋がるようなものがあるかもしれないだろ。でも、何も無かったからな。ただ…」
「ただ?」
「違和感のようなものがあったのは確かなんだよな。それが何かは分からないけれども」
「そこには他に何も無かったのですね?」
「はい」
廃れたお堂のようなもの。確かに、神隠しの山にあるという時点で関係があるのではないか疑ってしまうのも分かる。しかし、和尚はどこか違うところに引っ掛かっているようだ。
「だとすると気になりますね」
「そうですよね!神隠しとどう関係があるのか…」
「いえ、そうではなく。そこにお堂しかなかったことが気になるのですよ」
怜夜は自分とは違うところに興味を持った和尚の言葉に完全に勢いを殺される形になってしまって、沈黙してしまった。
「そんなに気になるものですか?」
「ええ。寺だったにしろ神社だったにしろ、何かしら他の痕跡が残っているものだと思うのですよ」
「でも、そこはもう廃れているって怜夜は言っていました。だったら、もうすでに壊れてしてしまったものなどを村の人間ないし管理している人間が回収したのでは?」
「怜夜君どうですか?」
「お堂の周りを見てはみたけど、他の建造物らしいものがあったような痕跡は無かったと思います。確かに、お堂自体はすごい廃れていたから、他の建造物が壊れてそれを片付けて可能性はあるけど、それでもそれらしい痕跡はなにもなかった。その場所にはきっとお堂だけしかなかったと思う。まあこれは、僕が感じて思ったことだから実際に村の人に聞けば分かると思いますけど…」
怜夜が言うのならばその可能性は高いだろう。こいつは全国各地のそういった場所に訪れる機会が多い。ならば、必然的に経験が培っている、そういったことは見逃さないだろうとは思うが。だが、和尚はどうしてそこが気になったのだろう。
「幻庵さん、何に引っ掛かっているのです?」
怜夜も俺と同じ疑問を持ったのだろう。
「いえ、ふと思ったのです。そのお堂はいったい何の為に存在しているのかと」
「何の為…ですか」
「ええ。神社や寺だったというならまだ理解はできます。しかし、お堂だけだったと考えると不自然さがどこか残ります」
お堂はいったいなぜ存在していたのか。そう考えてみた時、その答えが出てくることはなかった。怜夜が言おうとした神隠しの話とどこか関係があるのか、それとも他になにかがあるというのか。如何せん情報が無さ過ぎて、すべてが憶測、仮定の域を出ない。和尚のこの気がかりが俺にはどこかこの後に来る、予想もつかない嵐の前触れではないかという気すらしてきた。
だが、隣の友人はそんな俺とは違い、なにやら考え込んでいる。その顔からもう分かるのだが、こいつは新しい可能性の道が見えて喜んでいるのだろう。その好奇心により一層の薪がくべられたことは想像に難くない。こいつがその嵐を巻き起こす、間違いない。
「怜夜、先に言っておくぞ。当分はおとなしくしておけ」
俺の言葉に?がこいつの頭上に見える。いや待て、なぜそこで?になる。
「おとなしくしておけと言われても、僕を何だと思っている」
「じゃあ聞くが、お前明日からどうするつもりだ?」
「それはもちろん。また件の山に行きますけど」
即答。当然の事を聞かないでくれと言わんばかりのこいつの態度にも腹が立つ。
「お前は状況が分かっているのか? 遭難して迷惑をかけた癖に、どの面下げて遭難した場所に行くなどとほざく」
「いやだって、何も納得できないままに帰ってきてしまったし、それにあのお堂の事も話をしているうちに気になってきたから、改めて調べたい」
流石の和尚も片手で両目を覆い、ため息を吐いている。俺も同じ気持ちである。こいつは本当にどうしようもないバカだったのである。
「怜夜君。君はしばらくの間私の手伝いです」
「えっ! なぜ!」
「なぜもなにもありません。君は居候の身です。ここに身を置く時に君は私に言いましたよね。なんでもすると」
「はい」
「ならば異論はありませんね」
「はい」
和尚がこう言わなければ本当にこいつは、明日にでもすぐにでもその山へ向かっていただろう。言い方はキツイが和尚なりの優しさだろう。和尚に対して軽く頭を下げる。そんな私の意図を察してくれたのだろう、表情で気にしないでくれと言ってくれているのが分かった。
隣の友人が項垂れているが無視だな、うん。
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