十人目の主

私は、不老不死のごく普通のメイドです。




西暦2021年、私は十人目となる主人に出会いました。

ご主人様は若くして個人で食堂を経営されている方で、私も時折、他の店員の方と共にお店のお手伝いをさせて頂きました。


私にとって、多くの人々と接し、相手する仕事はまさに天職でした。

私は誰かと話し、心を通わせることが昔から好きでしたので。

もちろん何かと大変なこともありましたが、それでもお客様やご主人様の笑顔を見るのを生き甲斐として、頑張りました。


ご主人様は何よりも笑顔でいることを大切にしておられ、そして…まあ独特のノリをお持ちで、少々応対に困るような冗談を言う事がしばしばありました。

私が不老不死であり、ご主人様は十人目の主である旨を話すと、「今までの九人の誰よりも俺の方がイケメンだろ?」と仰られ、私が返答に困っていると、「いや、やっぱりいいよ。『皆様素敵なお方です』ってんだろ?」と笑っておられました。

でも私は、そんなご主人様のお相手をするうちに少しばかり昔の事を思い出していました。

私の最初のご主人様も、こんな感じだったのです。

また、ご主人様は結婚のつもりはないとも仰っていました。

これもまた、最初にお仕えしたご主人様と同じ点でした。


2023年に遠い異国で大きな地震が起きた時、ご主人様はわざわざ翻訳者を雇って現地におもむき、被災者救援のボランティアに参加されました。

この優しさもまた、最初のご主人様と同じものを感じさせられました。


2027年には大きな戦争が起き、それは五年に渡って続きました。

それ以降は、世の中が実に目まぐるしく変化していきました。

2032年には細胞の劣化を遅らせる技術が発明され、2035年までにはエイズや糖尿病など、それまで不治の病とされてきた病気の治療法が続々発見されていき、人々の平均寿命はどんどん伸びていくと思われました。


しかし、現実はそう甘くありませんでした。

高度に発達した医療は、皮肉にも癌の発生率を極端に高くしてしまったのです。

ご主人様には奥様とご祖父母様がいらっしゃったのですが、皆さん癌で命を落としてしまいました。

そして2075年、とうとうご主人様も癌になってしまったのです。

しかも、発見された時にはもはや末期の状態で、手遅れの状態でした。


私はご主人様に最後まで付き添わせていただきました。

そして、ご主人様の最期のお言葉もお聞きしました。

「こんな形で死ぬ事になるなんてな…

これが正しかったのかはわからない。でも、俺は人生に悔いはないよ。

なんせいい嫁にも会えたし、何より…

ずーっと若くてかわいいままの使用人にも巡り会えたんだからな!」




私の十人目の主人は笑い声と共に血と命を吐き捨てました。

私は葬儀の際、主人の棺に笑顔で別れの言葉を言いました。

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