九人目の主

私は、不老不死のごく普通のメイドです。



私は前のご主人様の弟様にお仕えしました。

西暦2003年、ご主人様は高校を卒業し、小さな民間企業に正社員として就職されました。

前の主人の時と異なり、就職なさってしばらくは何事も起こりませんでした。


ところが、2008年に起きた恐慌の影響で、ご主人様の勤める会社は経営不振となり、あっさり倒産してしまいました。

その後、ご主人様は新たな就職先を探しておられたのですが、どうにもお勤め先が見つからず…

気づけば2年の年月がたっていました。


そんなある日、外出しておられたご主人様はいつになく浮き足立ってお帰りになれました。

なんでも、長い付き合いの友人からIT系の職を紹介されたそうで…藁にもすがる思いで応募した、との事でした。

私達はそれを聞き、どうか就職が決まりますようにと祈りました。


そして…

ご主人様は無事、ご友人から紹介された職業にご就職なされました。しかも収入もそこそこあり、残業などもほとんどありませんでした。

2015年には、ご主人様の昇格が決まりました。

なぜかご家族はあまり喜んでおられませんでしたが、私は心からお祝いしました。


しかしそれから、少々私の予想と現実が異なってきました。

確かにご主人様の収入はある程度増えましたが、代わりにお帰りの時間が不定期に、それもずいぶんと遅くなったのです。

私は敢えてその点をお尋ねしませんでしたが、ひどく疲弊なさっていることだけは見ていてわかりました。

私は他の仕事をしたことがないのでわかりませんが、ご主人様がされているのはきっと大変なお仕事なのでしょう。


ある夜、ご主人様は既に寝ておられたので、私も仕事を終えて寝ようと思っていた時、リビングからお父様とご祖母様の話し声が聞こえてきました。

「あの子も可哀想だよねえ…仕事の量に給料が見合ってないじゃないか」


「仕方ないさ…第一あいつは元々IT系の仕事なんてそんな得意じゃないだろうし。しかも管理職じゃ、成果を出してなんぼだからな。残業代も出ないし、仕方ないだろうよ…」


「生きづらい世の中になったもんだねぇ…」



今の世の中はそこまで生きづらいものなのでしょうか。

それは、私にはわかりませんでした。


2018年、ご主人様は突然心不全を引き起こし亡くなってしまいました。

ご家族は過労死だと訴えていましたが、結局世間にそれが認められる事はありませんでした。



私の九人目の主人は、過酷な社会についていけず倒れました。

私は、100年間仕えた一族の最期を見届け、生き続けました。

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