シヴィル

花と歌われし神の都パルテオン。


「フン、多少の魔道に通じているというだけで卑賤の出が聖女とは・・・スオラ様も嘆かれておろうよ」


玉座の如く豪華絢爛な意匠を精緻に施された座にある老人の前で、楚々とした少女が跪いていた。


「いつもの温かいお言葉、痛み入ります」


「卑しくも聖を冠す者が皮肉か」


「賢くも猊下の深甚、凡百の差別に先んじての不興を頂くことにより周囲より情けと憐れみを頂戴しております。日々の安寧、まさに猊下のお心遣いの賜物と申せましょう」


「美しき少女が虐げられておれば下劣なる凡俗共は嗜虐心や庇護欲を催すからのう。例外無く・・・儂とてな。のう、シヴィルよ」


好色に片唇を吊り上げる老人。


シヴィルと呼ばれた少女の左右に立ち控える聖堂の騎士達の眼輪筋が僅かに跳ねあがる。


その浅ましき姿は枢機に参する司教にある身とは思えぬ、と。


僅かにすがめられらた視線が少女へとむけば、そこには悲し気に眉を下ろした切なすぎるほどに可憐な悲嘆の表情かおがあった。


震える少女の口から紡ぎ出された言葉は。


「なればこのシヴィル、御前にて猊下への許しを請い叫び恥態の限りを尽くすに否やはございません」





宮殿と見まごうばかりの壮麗な聖堂には、老爺と少女の含み笑いが暗く響いていた。



聖堂の騎士達はめたくそやる気を無くし早く帰りてえと思っていた。



しかしその中に一人だけ、(え?マジで?今ここでやんの??はやくwはやくw)と局部を期待に充血させてる騎士がいた。


神の名を借りた淫虐なる責めに晒される儚く美しい少女。


下位にある助祭たちのささやかなストレス解消の宴が、この禁欲を尊ぶ騎士家の三男にとっては夢の至上であった。



どうでもいいモブのどうでもいい背景であった。





「時に、西の果てに太陽の使徒が光臨したという」


「耳にしております。なんでも一夜にて大国を滅ぼしたとか・・・」


「星を操ると嘯く夷狄に神が罰を下した・・・と馬鹿どもが大喜びでな、正統派が騒がしくてならん」


「聖女の名、軽うなってしまいましたか」


「うむ。滅をもって名を成そうとする阿保共を制すに、聖にて生を成さしめ名を取り戻す。聖女シヴィル、神勅である。病魔蔓延るナダ国ムソン村へと赴き神を下ろし、その身に宿し奇跡を振るえ」


「拝命いたします」


「・・・その身に神を下ろさば精魂は破壊され二度とは戻らぬという」


「ご安心召されませ猊下。幼き日、弟へ頂いた恩寵忘れてはおりませぬ。あの日の誓いも」


「うむ。果たせよ」


御意マージェス




少女と共に、七名の騎士がマントを翻し去ってゆく。


「・・・下らぬ政治遊びに、得難い手駒をむざむざ捨てねばならぬとは」


「ここは手ごろな病災が手近にあったことを感謝すべきでしょう」


「感謝?誰にだ?」


直近に侍る騎士は肩をすくめる。


「スオラ様以外御座いますまい」


「神も感謝もなんの役にも立たぬわ・・・まぁ、カネにはなるか」


「神はカネを受け取りませんからな。貯まる一方では笑いが止まりません」


「救うと言い巻き上げ、そのカネを守るために衆上を犠牲に捧げ送る・・・度し難いな。神も、我々も」


「・・・そういえばあの娘が言っていた弟・・・とは」


愚痴が教規に触れ始めたあたりで、騎士は話題の転換をはかるかのように問うた。


「葬儀をしてやったのよ。聖下の行幸のおり列を外れ小用を果たしておったらの、突然強烈な腐臭とともに糞にまみれた餓鬼が現れ腐肉の塊を差し出してきおった」


「よく叩き殺しませんでしたね・・・護衛は何をしていたのですか」


「激臭と吃驚と放尿で動けんかったわ・・・その時の護衛は親戚のマゴでの、身内を使うのも善し悪しじゃ」


「・・・しかし、死体を、ですか。聖女の力でも癒せなかったのでしょうか」


「それが傑作でのう!きやつが魔道を得、聖女とよばれ神の奇跡を振るうようになったのは拾い上げてしばらくしてからよ。ほんに神は皮肉なことをなさるわ」



そう言い、枢機卿は爆笑した。




目を剥き上げ、肉食獣のように口を裂き開きながら笑い続ける枢機卿の聖衣についたシミを、騎士はなんとなしに見つめていた。



そのシミは小さい手の形に見えた。

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