第32話 意外! それは妻ッ!

 彼らの嘲笑から、その意図は明らかだ。

 冗談ではない。

 エクスカリバーを生成するために稼いだ金だ。

 こんな奴らに献上するなど言語同断である。

 

 が、不穏な事態を見取った人々は、コソコソとコーナーから離れて行く。

 己を守るための知恵だ――なんてカッコ付けてる場合ではない。


 明生あさおはコインケースを尻ポケットに突っ込み、ガチャ筐体に背を付ける。

「いえ、楽しくないですよ……ははははは……」


 ごまかし笑いをし、アイスクリームショップのカウンター方向に首を伸ばす。

 ここでアーサー王と入れ替わった所で、格闘能力は上昇しない。

 ランスロットのように、バランス感覚が良くなる程度の誤差しかない。

 

(ライオネルさんとボールスさん、助けてくれえええ!)

 必死の思いで、バンザイした両手を振って合図を送る。

 今は、強者の助けが必要だ。



「ん? お友達でもいるのか?」

「おい。早く小遣いでガチャをやろうぜ」

 金髪ロン毛とソフトモヒカンが腹を押し付けて来た。

 他の二人も、両足を開いて踏ん張る。

 


「大野くん、どうしたのですか?」

 ホッコリ声が、不良どもの後ろから掛かった。

 隙間から覗き込むと、白井邑子ゆうこが紙カップを持って微笑んでいる。

「氷抜きのオレンジジュースです。これなら、虫歯にみませんわ」


「ほ……」

 金髪ロン毛は、品定めをするように彼女を眺めた。

 その背後にライオネルとボールスが立っているが、当の主人はのんびり顔だ。


「みなさま。大野くんのお友達ですの?」

「あ~、お友達ですよ~」

 ソフトモヒカンは、顎を突き出して闖入者の三人を見た。

「後ろのお姉さまたちは就活中ですか~?」


「いえ、わたくしの秘書ですの」

 白井邑子ゆうこが言うと、秘書二人はスッと前に出た。

 下げていたスクエアバッグのファスナーを開け、中を見せる。

 それぞれに、二枚の瓦が入っている。


 男たちは顔を見合わせ、その反応を確かめたボールスはファスナーを閉じた。

 両足を前後に開き、バッグの両端を持って付き出す。

 ライオネルは自分のバッグを置き、両肘を曲げて構える。



「ほおっ!」

 構えていたライオネルは気合い一閃、相方のバッグを右拳で打った。

 コキンと音が響き、男たちの注視の仲、ボールスはバッグを開けた。

 瓦は、真っ二つに割れている。


 ――こいつらは、いつも瓦を持ち歩いているのか?

 男たちは、敵味方の垣根を越えて無言で突っ込んだ。


 しかし、白井邑子ゆうこはポンポンと拍手をして、丁寧に解説をする。

「演武用の瓦です。コツを掴めば誰でも割れます。でも、これを真似ては駄目です。ちゃんとブロックの上に置いて割ってくださいね。さて、こちらの瓦ですが……」


 主人の解説が終わるのを待っていたライオネルが、自分のバッグの中を見せた。

 言われると、先ほどの瓦よりも色が濃く見える。


「屋根用の瓦です。拳や頭突きでは割れません。骨が壊れちゃいます」

 解説に合わせ、またバッグのファスナーが閉じられた。

 ライオネルはそれを持ち、前に突き出す。


「何だ? また割る気かよ」

「どうせ、さっきと同じ瓦だろ」

「……ですよね」

 不良たちに同調した明生あさおも頷く。

 が――



「あちょちょちょちょ~♥」

 白井邑子ゆうこは可愛い雄たけびを発し、いきなり左拳を突きだし、バッグをと叩いた。


 ほんとにと叩いた……のに、男たちの髪が一瞬逆立った。

 鼻と口に奔流のような風が吹き込み、肺が風船のように膨れた。


「ぐげっ!?」

 誰かが苦しそうに叫び、胸を押さえる。



「……まだ修行不足でした。ごめんなさい。みなさまの肺を潰す所でした」

 白井邑子ゆうこは内股で、ペコリと頭を下げる。

 ライオネルが無表情でバッグを開けると、中の瓦は粉々に砕けている。

 まるでハンマー叩いたように砕けている。


 不良たちは目玉が飛び出したような顔で、一目散に逃亡した。

 明生あさおも唖然と立ち尽くす。

 

 頭の中が屋根瓦と同様にグチャグチャだが、確信したことが一つ。

 転生者で現世最強は、かつての妻である――と。



「大野くん、お友達はどこかに行きましたよ?」

 白井邑子ゆうこは、筐体の上に置いていた紙コップを取る。

「わたくしたちは、愛理えりさん一緒にアイスをいただきますが、どうします?」


「……ガチャを引きます」

 全身真っ白状態で答えると、白井邑子ゆうこと秘書たちは去った。

 避難していた人々も、ひとりふたりと戻って来る。


 こうして、ガチャコーナーに平和が訪れた。


 明生あさおは深呼吸し、我が生存を確かめ、ジュースを飲み干した。

 そして、筐体の窓に貼ってあるガチャの写真を見たが――ここで異変に気付いた。

 同時に、ある文章と言葉が浮かぶ。


『商品デザインは変更する場合がございます』

『石に刺さった剣は、台座が邪魔で使えない』


 そう――

 『エクスカリバー』の形が、発売前の見本写真と異なっていたのである。



  ――続く。

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