第31話 にげる ⇒ たぶん、無理

「うふっ。スーパーマーケットなんて初めてですわ。それに、ガチャなる遊びも」

 白井しろい邑子ゆうこは、ウキウキ顔で付いて来る。

 

 護衛と思しき女性二人も、彼女にピタリと付いて来る。

 一人はショートカットで、一人は茶髪シニヨン。

 白シャツ、黒ジャケットにタイトスカート、黒パンプスと云う出で立ちだ。

 共に、ノートPCが入るサイズの黒いスクエアバッグを下げている。

 

 先を行くアーサー王とエクトルは、肩をくっ付けてヒソヒソと話し合う。


「陛下。王妃様をどうなさるつもりなのです?」

湖の奥方ヴィヴィアンかマーリンの指示待ちだ」 


「それで……間違いないとは思うのですが」

 エクトルは、チラチラと後ろを振り返る。

「王妃様の護衛らしき二人は……私の従兄弟のライオネルとボールスです」

「まことか!」


「はい。ショートヘアがライオネル、ブラウンヘアがボールスです」

「おお、心強い味方が増えたぞ!」

 

 王の胸に、熱いものが込み上げる。

 ランスロットとエクトル、その従兄弟のライオネルとボールス・ド・ガニスは頼れる側近だった。

 女性に禁欲的だったボールス・ド・ガニスは、王妃の信頼も厚かった。


 その全員が、『転生したら女性でした』とは思いも寄らぬ展開ではある。

 しかし、ライオネルとボールスは強そうに見える。

 姿勢も良く、隙がなく、何らかの格闘術の経験がありそうだ。


 そして――考えが浮かぶ。

 エクトルは、駅前での『ログレス王国に栄光あれ!』の唱和に引っ張られて覚醒している。

 この場で全員で唱えたら、ライオネルとボールスも覚醒するのでは――と。

 

 が、直ぐに考えを改めた。

 ヴィヴィアンやマーリンの助言なしで実行しても失敗するかも知れない。

 何より、平和な現世で何不自由なく暮らす妻を巻き込みたくはない。

 ガウェインが、弟のガヘリスの覚醒を拒んだ気持ちが今は解かる――。



「着いたよ、お兄ちゃん……」

 エクトルが愛理えりっぽい言葉使いでささやき、王は顔を上げた。

 二階建ての広い建物で、この中にある『ガチャ』なる遊技台から、武器型装飾品を引き当てれば良いらしい。


(ふむ。今ひとつ勝手が分からぬな。ここは、現世の余に任せるか……)


 王は引っ込み、瞬時に『大野明生あさお』の人格が現れる。

 記憶は共有なので、これまでの経緯も明生あさおは理解している。

 

 明生あさおの人格が出た場合は、右手中指で鼻を二回たたくことにしており、それを見たエクトルは無言で頷いた。


 一行は明生あさおを先頭にスーパーに入り、真っ直ぐガチャコーナーに向かう。

 が、アイスクリームショップを見つけた白井しろい邑子ゆうこは、喜々として強請ねだった。


「あののぼりに描いてある『ストロベリーチョコチップ』と『ホワイトモカチップ』を賞味したいですわ! 愛理えりさんもいかが?」


「はい……」

 エクトルは王妃の誘いを断れず、護衛もろともアイスクリームショップに向かう。

 明生あさおは「冷たい物が虫歯に染みる」と言い訳し、ひとりガチャコーナーに走った。

 

 ガチャコーナーは広く、ガチャの筐体が何列にも渡って整然と並んでいる。

 学生も大人も、楽しそうにガチャにお金を次ぎ込んでいた。

 その中を、早足に通り抜ける。


(伝説の武器シリーズ、武器シリーズ……おっと!)


 壁際の列の左端に、『伝説の武器シリーズ第二弾。アーサー王』があった。

 その右横には、『第一弾。オリンポスの神々』もある。


(でも、カプセルが半分ぐらいしか残ってないじゃないか。早く引かなきゃ)


 明生あさおは、肩に掛けたウエストポーチから、コインケースを取り出した。

 ラインナップは六種類で、筐体にもその写真が貼ってある。


『1)エクスカリバー』

『2)セクエンス』

『3)ガラチン』

『4)石に刺さった剣』

『5)ロンドミニアド』

『6)クレシューズ』――。



(中身は、カプセルの色で決まってるよな? どの色が『エクスカリバー』だ?)

 

 明生あさおは、覗き込んでカプセルの色を確認する。

 赤・青・緑・黒・黄…までは確認できるが、もう一色が見当たらない。

 売り切れたか、死角にあるかだ。

 とにかく、引いて行くしかない。


(えーい、当たれ!)

 コインケースのファスナーに指を掛けた時――後ろから声を掛けられた。


「君、すごく楽しそうだねえ」


 振り返ると――学ランを着崩した四人組に包囲されていた。


 

 ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(24)


 ライオネル卿とボールス・ド・ガニス卿は、ランスロット卿の従兄弟で、ライオネル卿が兄です。

 ちくま文庫版ではボールス卿が兄になっていますが、これは間違いのようです。


 二人の母親の名はエヴァイン。

 彼女はバン王の妃のエレインの妹で、バン王とボールス王兄弟は、姉と妹をそれぞれ妻に迎えたのでしょう。


 文中では「ボールス・ド・ガニスは、王妃の信頼も厚かった」と書きましたが、王妃は「ランスロットが浮気した!」と思い込むと、その度にボールス卿を呼び出して「どういうことなのよ!」と怒りをぶつけています。

 アーサー王は、それを知らなかっただけです😓

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