第30話 カタカナだらけのランチは読みづらい

「大野くん、ランチを御一緒しましょう」

 

 ――昼休み開始早々。

 白井しろい邑子ゆうこは、自分の机を明生あさおの机に合体させた。

 黒塗り二段のワッパ型弁当箱を開けると、洋風総菜が美しく盛られている。


「今日は、海老とバターナッツカボチャのパエリア。パルミジャーノ・レッジャーノとアーティチョークのチキンロール。フルーツトマトとアンチョビのサラダ。オーガニックグレープジュースです。シェアして食しましょう」


「……いや、僕は普通の海苔弁風だし。白井さんの口には合わないから」

「ノリベンとは?」


「ご飯に海苔を乗っけて、フライとかを入れた弁当だよ」

「ぜひ、味見しとうございます」

「…………」


 好奇の視線が集まる中、明生あさおは震える手で弁当箱を入れた巾着の紐をゆるめる。

 

 ランスロットは-――女子三人と一緒に弁当を食べているが、こちらを伺う視線は何とも微妙だ。

 ランスロットの瞳には、哀愁と安堵が入り交じっているように見える。


 マロリー卿の書いた『アーサー王の死』では、アーサー王は修道院に葬られたことになっている。

 王妃はその横に――ランスロットの手で葬られている。




「さあ、召し上がって」

 白井邑子ゆうこは、持参の白い紙皿に自分の弁当を半分盛り付けて寄越した。

 黒塗り弁当箱の空いたスペースに、明生あさおの弁当の半分を勝手に盛る。

 そして、ボトル入りのジュースを紙コップに注ぎ、スイッと差し出す。


「いただきます……」

 明生あさおはジュースをひと口飲み、目を瞠った。

 巨峰に似た香りが口一杯に染み出し、濃いのにドロドロしていない。

 爽やかな甘味が、喉を浄化するようだ。

「……うまっ。何だ、これ」


「ボルドーの著名なワイン農家が製造しているジュースです。お気に召したのなら、わたくしの邸でいかがでしょう? 美味しい焼き菓子も用意させます」


 すると、友人の山田・佐藤・田中が一斉に振り向いた。

 その目が物欲しそうに語っている――『俺たち、友達だよな』と。



「……うあ~、今日は忙しいので、また後日にでも」

「いつでも歓迎いたしますわ。うふっ💖」


 白井邑子ゆうこは両手を合わせ、首を傾けて微笑んだ。

 その仕草と笑顔は、なかなか可愛いらしい。



「かすみぃ、もう食べたの?」

 声に気付いて肩越しに見返ると、ランスロットは弁当箱を片付けていた。

 独りでサンドイッチを食べていたマーリンも立ち上がり、ランスロットの後を追うように教室を去る。


 屋上で作戦会議をするのだろう。

 追いたいところだが、今日は白井邑子ゆうこの相手をするのが正解と見た。


「白井さん、食べたら校内を案内するよ」

「よろしくお願いいたします」


 生徒たちが固唾を呑む中――明生あさおはシェアされた弁当に舌鼓を打った。

 白井邑子ゆうこも物珍しそうに、海苔ご飯と牛肉コロッケを摘まんだ。

 食べ終えると明生あさおは素早く片付け、白井邑子ゆうこを連れて教室を脱出した。

 ドアを閉めた瞬間、「おーっ」と云う驚嘆の声が渦巻いたのが聞こえた。




  ◇ 


  ◇



「具合が悪いのですか? 陛下」


 帰宅した明生あさおは、玄関先でガクリと膝を付いた。

 ひと足先に帰宅していた愛理えり――エクトル・ド・マリスは、心配そうに訊ねた。

 すでに着替えを済ませて、外出の準備をしている。


 明生あさおは王と入れ替わり、事情を話す。

 王妃の転生者が転校してきたこと。

 彼女はヴィヴィアンの知人の富豪の娘であること。

 彼女の通学用高級車で送り届けて貰ったことを伝えると、エクトルも唖然と口を開けた。


「……王妃様は、御自身の正体を自覚しておられるのですか?」

「分からぬ。ヴィヴィアンやマーリンからの連絡はない。いや、話は後だ。まずは、剣を入手しよう」


 ――そう。今日は、二人でガチャを引く予定を立てていた。

 マンション近くのスーパーなる市場には、ガチャコーナーがあるそうだ。

 目当ての『伝説の武器シリーズ』が入荷しているか不明だが、当たるのみだ。


 ランスロットとガウェインは部活だし、ガチャ引きに全員が揃う必要はない。

 王も着替え、エクトルを伴って家を出た。


 そしてマンションの玄関を出た――が、そこには白井邑子ゆうこが立っていた。

 車はなかったが、代わり?に黒服の女性二人がいる。


「あら、お出かけですの?」

 白井邑子ゆうこは微笑んだ。



 ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(23)


 今まで余り意識してませんでしたが、アーサー王はアヴァロンには葬られていないのです。

 修道院に葬られ、ギネヴィアもその横で眠りに付きました。

 

 ランスロットは彼の居城であった『喜びの砦』に葬られます。

 この城は、たぶんランスロットの親友だったガレオットの居城でしょう。

 ガレオットは夭逝し、ランスロットは「自分は、そなたの横で永眠するだろう」と誓いを立てます。


 ガレオットは、ランスロットとギネヴィアの仲を取り持った執事騎士でした。

 中世写本には、ガレオットの仲立ちで口付けするランスロットとギネヴィアの絵があります。

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