第28話 王妃ギネヴィア、現る

 さてさて――本日は、待望の『ミニチュア武器ガチャ』の発売日である。

 明生あさおも意気揚々とバスで登校する。

 

 あのカラスの襲撃以降、敵は沈黙している。

 敵とて現世での生活はあるだろうし、マーリンは「モーガンの魔力も減退しているのでしょう」と推測する。


 とにかく、ありがたいことだ。

 こちらも勉強があるし、毎日毎日襲撃されたら堪ったもんじゃない。

 王さまも最近はご無沙汰で、学校では昼休みぐらいしか出て来ない。

 その時間には、皆で屋上に集まって対策会議をしていたが、ここ三日間は思い思いの行動をとっている。

 自然と気も緩む。


 

 生放送の二日後は登校日だったが、エライ目に遭った。

 番組を観ていた友人の山田は、スマホに保存したスクリーンショットを見せてくれた。

 

 アクスタを持っている上半身アップで、ピンクのボンネットを被っている。

 見た瞬間は、心臓が喉から飛び出るかと思った。

 

 当然、ロリータドレスの可憐な古水蘭澄かすみのスクリーンショットは大人気で、有料配布されたとの噂もある。



(中の人は、円卓騎士団最強の人だけどね……)

 

 明生あさおはフヘーッと息を吐いて、吊り革に掴って立つ彼女を見る。

 体は蘭澄かすみだが、意識が入れ替わるだけで大きな違いがある。

 以前は吊り革に掴っていても、停車時や左折右折で派手にグラついていたが、今は違う。

 体が幾分揺れても、伸びた背筋は崩れない。

 姿勢が良く、颯爽とした雰囲気があり、男どもも目を瞠っている。

 

 一方で、彼女と奥名が付き合っているとの噂は絶えない。

 昼休みに、目立たない場所で二人でいる所を目撃されているからだ。

 

 ランスロットとガウェインの関係は、文庫本で描かれた『アーサー王の死』の通りと思って間違いないらしい。

 ガウェインはランスロットに贖罪の手紙を書いて息を引き取り、ランスロットは彼の墓の前で号泣した、との記述は正しいのだろう。


 二人は、当時の思い出を語り合っているのだろうか。

 アーサー王も口を挟まず、静かに見守っている。



「今日も、良いお天気ですね」

 校舎前の停留所で降りたランスロットは、空を見上げた。

 明生あさおは遠慮がちに「そうですね」と返答した。


 王の人格が引っ込んでいる時は、明生あさおが相手をする。

 ランスロットは温和で、他人を見下すことはしない。

 誠実であることは、その眼差しと口調からも分かる。


 訳も分からずに独りで現代に放り出されたアーサー王とは違い、マーリンたちの助言も早かったので、奇妙な言動は避けられた。


 妹の愛理えり――エクトル・ド・マリスも、現代に馴染んでいる。

 自分を主君と仰ぎ、敬意をもって接してくれる。

 まあ、悪い気分ではない。

 

 


「……大野くん、おはよう」

 

 マーリンが近付いて来た――が、浮かない顔をしている。

 敵の襲撃か、と明生あさおと入れ替わった王は身構えた。

 ランスロットの眼差しも一変し、鋭い目つきで背後の気配を探る。


「いや、そうじゃありません」

 マーリンは二人に走り寄る。

 その頭上高くを、使い魔のベリンとベランが飛び回っているが……


「少し面倒なことになりました。ヴィヴィアンは……無視するつもりでしたが、そうも行かなくなりました」

「何事であるか?」


 王が訪ねたその時――黒塗りのセダンが、バスの後ろに停車した。

 生徒たちがざわつく。

 男子生徒の「あれ、ベンツだぞ」の声が聞こえた。


 左側面のドアが開き、女生徒が姿を現す。

 紺色のブレザーに、グレーのチェックスカートに、青いネクタイ。

 当校の制服に身を包み、顔はポニーテールに纏めている。


(げっ!)

 明生あさおが叫ぶのを王は聞いた。

 彼の記憶に寄れば、ヴィヴィアンの華道の師の娘であるが……


「お二人とも、気付きませんか?」

 マーリンは肩をすくめた。

「ヴィヴィアンの知り合いで、名は『白井しろい邑子ゆうこ』。かつてのギネヴィア王妃です」



 ――続く。




*********


アーサー王伝説豆知識(21)


 アーサー王の妃にして、ランスロットの愛人のギネヴィア。


 元々の名は『グウェンフィファル』と言われ、『白い幽霊』の意味だとか。

 ブラッドリー作の『アヴァロンの霧』では、ずばり『グウェンフィファル』の名で登場します。

 

 昔、何かの書籍で読んだ話ですが……日本の高名なアーサー王研究者が、アニメの『燃えろアーサー』にダメ出ししたそうです。

 何でも「アーサーとギネヴィアとランスロットの三角関係が描かれていない」からだとか。


「それ、子供向けのアニメだろ?」とは思いましたが、研究者は『アーサー』と付くモノには、全て目を通しているのかと震撼しました。


 とにかく、アーサーたちの『永遠の三角関係エターナル・トライアングル』は、アーサー王を描く際には、外してはならない要素のようです。


 なので、私も従わせていただきます(^_^;)

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