第25話 ガウェイン卿はフルーツが大好き🍎
――ランスロット・エクトル・ヴィヴィアンの三人は、2502号室にやって来た。
三人ともが、シルクのフリフリのネグリジェにガウン、リボン付きのキャップを被ると云う、昔の少女漫画のお嬢さま就寝コーデである。
ランスロットは薄いピンク・エクトルは薄いブルー・ヴィヴィアンは白だ。
ローヒールの室内履きも、繊細な刺繡が施されている。
年少のエクトルには大きめサイズで、ネグリジェの裾が床に付いているが。
三人は並んでソファーに掛け、それに相対してアーサー王・ガウェイン・マーリンが座っている。
ただし、一段高い畳敷きの小上がりの座布団の上に。
ガウェインに至っては、頭に紙袋を被せられている。
視界にネグリジェ姿の古水
あの後に人格をガウェインに戻し、そのまま袋を被せられたのである。
「失礼します」
メイドとサーバントが飲み物を運んで来た。
ワゴンに紅茶セット一式が載っており、好みに応じた温かい紅茶が提供される。
カットしたマンゴーと大粒イチゴも添えられている。
「ありがとう。用があれば呼びますから、あなたたちも向こうでお茶を」
「はい。お嬢様」
ヴィヴィアンは手元のベルの取っ手に手を掛け、メイドとサーバントは一礼して出て行く。
二人は、ガウェインの頭の紙袋など気にしない。
「……やっと、ゆっくり会議が出来ますわね」
「うむ」
王はミルクティーを口にする。
芳醇な香りと甘さが口の中に広がり、ほっとする。
夕食の『チュウカ』も美味だった。
この時代の香辛料には、食事の度に驚かされる。
目の前のイチゴも、野生のものより遥かに甘い。
マンゴーなど、全く知り得なかった形と味だ。
「……入浴前に会議をした方が良かったのでは?」
ガウェインは手探りで、イチゴを手に取る。
「しかし……ランスロット卿とエクトル卿の人格はどうなってるのです?」
「私が暗示を掛けました。着替えとか入浴とかのプライバシーに関わる状態では、現世の人格に変わります。それ以外は、過去世の二人の人格です。ただし、敵に襲撃された時は、入浴中でも過去世の人格が出ます」
「……そりゃ、結構なことです」
フルーツ好きのガウェインは、銀のフォークを動かしてマンゴーを探す。
「では、ガウェインの場合は?」
王はマーリンに訊ね、マーリンは頷いた。
「彼を強制的に呼び出したい時は、『林檎と梨が好き!』と言い聞かせるか、林檎と梨の写真や絵を見せて下さい。ただし古水
「ガウェイン卿は、林檎と梨が大好物でしたから。私が、そう暗示を掛けました」
ヴィヴィアンは、すまし顔でレモンティーをすする。
「当然、敵の襲撃時は強制的にガウェイン卿にチェンジします」
だが――ここで、王は一つの疑問を口にした。
「余には、貴女とマーリンは過去世の人格を保ったままに見えるが?」
「その通りでございます」
ヴィヴィアンは、イチゴに蜂蜜を付けて摘まむ。
「私とマーリンは、過去世の私たちの人格に固定しています。敵の襲撃に際し、
「異性に転生したランスロットとエクトルはともかく、私やガウェインも人格固定とやらを出来ないのかね?」
「陛下には、私の暗示は及びません」
ヴィヴィアンはフォークを置き、畏まって王を見る。
「陛下は『過去の王にして、未来の王』なのです。私ごとき一介の妖精の力では、陛下の運命を動かすことは不可能です」
「じゃあ、私は?」
ガウェインは自分を指したが、ヴィヴィアンはケロリと言って退けた。
「現世の貴方は、サッカー部のエースです。学校のために、部活も頑張って欲しいのです。それに奥名氏は感情の振り幅が大きすぎて、暗示が効きづらいのです」
「……林檎と梨の暗示と云い、貴女は私で遊んでませんか?」
「気のせいです」
ヴィヴィアンは、涼しい顔でレモンティーを自らお代わりする。
ランスロットとエクトルが、仲良く唇を震わせた。
笑いを堪えているのは明らかだ。
「さて……本題に入りましょうか」
マーリンはストレート紅茶を二口飲み、ガウンのポケットからビニール袋を取り出し、ソファーに座るヴィヴィアンたちにかざして見せた。
中には、布切れが入っている。
白い正方形の布に赤ペンで図形が描かれており、真ん中が縦に裂けている。
「ビルに張られていた呪符です。使い魔のベランとベリンが剥がしてくれました。結論から言うと、これはモーガン・ル・フェイが記したものです」
――続く。
*********
アーサー王伝説豆知識(20)
サブタイ通り。
ガウェインはフルーツ(特に林檎と梨)が大好物です。
マロリー版には、王妃主催の宴会で、ガウェインに恨みを持つ騎士が林檎に毒を仕込む話が出て来ます。
毒入り林檎を食べた不運な騎士は即死。
王妃が犯人扱いされ、一悶着起きる訳ですが。
この話の原典は、存在するのでしょうか?
フランスの無名作家が書いたランスロット冒険譚の一つなのかな?
ただ、西洋梨がイギリスで栽培され始めたのは16世紀頃のよう。
マロリーは15世紀に亡くなっていますが、騎士だった彼が梨を食べたのは間違いないと思われます。
上流階級の食べ物だったのでしょうね。
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