第24話 アーサー王とガウェイン卿の悩ましき過去
その日――王城から広場へ続く道は、人で溢れていた。
集まった民衆は顔を引き攣らせ、中央に立てられた柱と、その周囲に積み上げられた薪を眺めている。
貴族も貴婦人たちも、涙ながらにアーサー王への慈悲を乞う。
――王妃様は、悪しき騎士どもに謀られたのです。
――いま一度、王妃様への寛大なる沙汰を。
「……寒いですね」
ガウェイン卿は毛皮のマントを巻き着け、尖塔の窓から空を見た。
五月だと云うのに、初冬のように寒い。
厚い雲は空を覆い、夕方のように薄暗い。
「……寒いですね」
彼は繰り返した。
石造りの城は、夏は過ごしやすい。
しかし、それ以外の季節は権威の象徴でしかない。
「叔父上、寒いでしょう?」
だが、アーサー王は三度目の問いにも答えない。
窓を背にして椅子に座り、鬱々とささやく。
「ガウェイン……雨は降りそうかな?」
「さあ……大雨になれば、火刑は中止でしょう」
「……なぜ、そんなに薄情なのだ? お前の弟アグラヴェインはランスロットに殺され、もう一人の弟モルドレッドは重傷を負わされたのだぞ?」
「弟たち自らが招いたことだからです。彼らは十三人で王妃様のお部屋近くに身を潜め、丸腰で現れたランスロットを襲撃した。しかし剣を奪い取られたアグラヴェインは真っ先にやられ、他の十二人も……モルドレッドだけが逃げ延びた」
ガウェインは鼻で笑った。
「ランスロットを責めるとすれば、モルドレッドを取り逃がしたことだけです」
「……」
王は、声も無く項垂れる。
モルドレッドは、王の庶子だった。
若き頃――それと知らずに異母姉モルゴースと一夜の過ちを犯し、産まれたのがモルドレッドだった。
ガウェイン、アグラヴェイン、モルドレッド、ガヘリス、ガレス――。
五人の兄弟のうち、アグラヴェインとモルドレッドはランスロットを妬み、王妃との不義を白日の下に晒そうと企み、この結果である。
ランスロットとその一派は城から姿を消し、釈明のために残った王妃に、王は死罪を宣告したのである。
城内で十二人の騎士が殺害された以上、そうせざるを得なかった。
窓の外の、悲嘆の声が大きくなる。
王妃が引き出され、広場に連行されるのだろう。
多くの騎士や兵士が、王妃の処刑が滞りなく執行されるよう警護している。
ガウェインは、窓の外を見た。
ここからは広場は見えない。
城壁の向こうには、城下に住む庶民の素朴な家屋が連なっている。
「……暗いですね」
ガウェインは、部屋の隅のランプを眺める。
ランスロットたちが王妃を奪いに来ることは解かっている。
だが、その後は?
その後は、どう事態を収拾するのだろう?
落とし所が全く見えない。
だが今は――王妃の護送の警護を命じられたガヘリスとガレスの無事を祈るだけだ。
二人は王の命令に逆らえず、しかし全くの非武装で出て行った。
だが、オークニー王家の紋章を縫い込んだマントを着ている。
ランスロットたちは、それに気付いてくれるだろう。
気付いて、見逃してくれるだろう。
弟たちが悪意を持っていないことを、ランスロットは知っている。
しかし――その願いは叶わなかった。
混乱と薄暗さの中で、ランスロットはガウェインの弟たちの命を奪った。
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王も過去世の悲劇を思い出し、頭を抱える。
マーリンはテレビのスイッチを切り、ガウェインも頬杖を付いて瞼を閉じる。
「叔父上にマーリン、お願いです。我々とヴィヴィアン、ランスロットとエクトルだけで、モーガンと戦えないでしょうか」
「何とも言えません」
マーリンは冷静に答えた。
「エクトル卿の覚醒は、あの場所にいてランスロットに引っ張られたからだと思います。部活教師が、あなたの覚醒に引っ張られなかったのは、敵の術中にあったからでしょう。でも、今後は分かりません」
その時、ドアホンの子機が鳴った。
ガウェインが出ると、サーバントの顔が映る。
「失礼いたします。玄関に、
「えっ?」
ガウェインは目を丸くし、しかし直ぐに画面が切り替わった。
薄ピンク色のガウンに同色のフリルキャップを被った古水
「ぎょえーーーっ!!!!」
ガウェインは目の色を変え、歓喜の雄たけびを上げて部屋を飛び出した。
「……どうした?」
「……奥名本人の人格に戻ったようです」
マーリンは、ポリポリと頭を掻く。
「付いて行きましょう。ま、ヴィヴィアンが付き添ってるとは思いますけどね」
――続く。
*********
アーサー王伝説豆知識(19)
マロリー版のアーサー王物語をお読みの方はご存知でしょうが、私はガウェイン兄弟の生まれ順を変えています。
原典では『ガウェイン、アグラヴェイン、ガヘリス、ガレス、モルドレッド』の順ですが、私はモルドレッドを真ん中に移動させました。
そうしないと、ガレスとランスロットの年齢差に難が出そうだからです。
ガレスはランスロットに憧れ、身元を隠してアーサー王宮廷に現れます。
なので、ガレスの方が一回り近い年下の印象を受け、改変しました。
当話の回想で描いたシーンも、原典では「ガヘリスとガレスは若い」とガウェインが言っていますし。
若く見積もっても、三十代でしょうが。
中世の作家は、キャラの年齢を重要視していなかったのかも知れません。
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