第23話 転生しても悲喜こもごも

 最初に、王が入浴した。

 風呂も和風で、ヒノキの浴槽は二人が入っても余裕だった。

 熱い湯に浸かり、王は思い切り足を伸ばす。

 

 キャメロット城にも風呂は在った。

 大きめの樽に湯を注ぎ、その中で体を洗い、小姓が髪に湯を掛けて汚れを落とす。

 だが、足を伸ばして入れる風呂は気持ちが良い。

 シャワーがあるし、小姓の助けは不要だ。


 湯上りには、シルクのシャツとズボンが用意されていた。

 やはり、財力のあるヴィヴィアンの実家は違う。

 まあ、大野家の風呂も室内着も、戦場でのテント生活に比べたら上質である。

 王専用のテントより狭くても、清潔さでは大きく勝る。



 指定された寝室に行くと、畳の上に三組の寝具が敷かれていた。

 

「ふーむ」

 ベッドではなく、布団なる寝具を始めて目にする。

 テレビでは見たことがある。

 髪を結った王が寝ているところを、側室が訪ねて来る場面だ。

『オオオク』なる時代劇で、王には多数の側室がいるらしい。

 

「ふむ。庶民は、こうして寝具を並べるのだな」


 王は頷き、室内を眺める。

 ここも、部屋の一部が畳敷きになっている。

 窓の近くは床で、ソファーとテーブルもある。

 畳の近くにはタペストリーが掲げられ、その下には剣が飾られていた。

 手にして鞘を抜いたが、本物ではない。

 刃が軽く、人を斬ることは出来ないだろう。

 

 剣を戻し、大きな窓に近寄った。

 何と美しいことよ、と王は感嘆する。


 街の灯は眩く、しかし星は見えない。

 これで星が眺められたら最高だ。


 王は壁に嵌め込まれたテレビを点けてみた。

 最初は仰天したが、大野明生あさおの知識も得て、今は大いに楽しんでいる。


 画面には、スカートを翻して歌う女性たちが映っている。

 何とも華やかで平和な景色だ。

 城に招いた軽業師たちの芸よりも楽しい。

 あの時代の王や領主は、玉座に座って芸を眺めていただけだ。


 せっかくなので、一緒に踊ってみよう――。

 王は軽い屈伸運動をする。



「みなさーん! 次は『妖精戦隊ブーゲンビリア』の新主題歌の初披露だよ~!」


 髪を左右に結い上げた女性が舞台から呼び掛けると、男たちは「うぉーっ!」と歓声を上げた。


 音楽に乗って女性たちは踊り、歌う。

 王も彼女たちの踊りを真似て、ノリノリで体を動かす。




「……叔父上」

 

 背後から掛かる声に、王は硬直した。

 慌てて、飾ってあった剣に向かって三段跳びをする。


「いや、体がなまってはイカンと思ってな」

 王は鞘を抜いて、剣を振る。

「……それより、そなたらは一緒に風呂に入ったのか?」


 並んで立つガウェインとマーリンを眺める。

 自分とは色違いのパジャマを着ている。


「二人で入浴した方が効率的ですので」

 マーリンは無表情で言い、王は剣を鞘に納めて咳払いした。

「うむ。今後の対策を早く練るためであるな」


 王は剣を戻し、テレビを消してソファーに座る。

 マーリンは、持って来たトレイをテーブルに置いた。

 コップには紫色の果汁、皿にはシフォンケーキが盛られている。

 


「さて……会議を始めよう」

 王が宣言し、あとの二人も一人掛けソファーに座った。


「さて、ランスロットとエクトルが仲間として復帰してくれたのだが」

「微妙ですけどね」


 ガウェインは笑った。

「叔父上とエクトル卿が同居するとは、かなり興味深い。友人の弟と同居するようなものです」

「バン王は、余の大切な友であった。恩義は忘れておらぬ」


 王は呟き、うつむく。

 ガウェインは、己の右手を見た。

 ランスロットは、大切な友だった。

 二十年以上もの間、苦楽を共にし――

 しかし……



「ガウェイン卿、王に話すべきです」

 マーリンは、低い声で進言した。

「あなたが気付かぬ筈はない。サッカー部の顧問教師は、あなたの弟のガヘリス卿ですね?」


「……余計なことを」

 ガウェインは顔を反らし、王は身を乗り出す。

「まことなのか、ガウェイン!」


 モーガンに操られて自分たちを襲撃した教師が、自分の甥だったとは――。

 王は頬を緩めたが、ガウェインは恨みがましくマーリンを見つめる。


「ええ……教師の動きを見て判りました。でも……叔父上、ガヘリスは放って置いて下さい。あれは、争いごとには向きません。それに……ガヘリスとガレスは……」


 ――王は、ようやく思い出した。

 ガウェインの弟のガヘリスとガレス。

 二人は、ランスロットの剣で命を断たれたのである。

 それは、ランスロットにも避けられなかった過ちであった――。



  ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(18)


 アーサー王物語における最大の悲劇は、終盤のランスロットとギネヴィアの不倫が公になったことに端を発します。


 王は妻のギネヴィアの処刑を命じ、それを阻止しようとしたランスロットたちとの小競り合いが勃発。

 王の命令で止む無くギネヴィアの護送に同行していたガウェインの弟のガヘリスとガレスを、それと気付かずにランスロットは殺めてしまいます。

 ガレスに至っては、ランスロットの手で騎士に叙任されています。


 護送の同行を拒否していたガウェインは弟たちの死を知り、ランスロットへの復讐を誓うのです。


 この部分のキャラの描写は、T・H・ホワイトの『永遠の王』が秀逸です。

 妻の不倫が暴露され、王は自らの名誉のために妻の処刑を命じるしかない。

 それでも王はガウェインと共に、ランスロットとその家臣たちが妻を救出してくれることを願う。


 マロリー版と補完し合って読むと面白いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る