4章 ヴィヴィアンの家で作戦会議

第22話 きょうだいが、喧嘩をしては、いけません

 百貨店のブッフェでの夕食後、一行はヴィヴィアンが住むマンションに移動した。


 そこは4ベッドルームの最上階だが、ヴィヴィアンは向かいの玄関ドアを指した。

「殿方は、隣の2502号室にお泊り下さい」


 聞けば二室を購入し、2501号室がヴィヴィアンとメイドの住まい。

 隣の2502号室を来客用に使っていると言う。


 アーサー王とガウェインが2502号室に入ると、二十代半ばの男性召し使いサーバントが迎えてくれた。

 が、召し使いの迎えは二人には当たり前だ。

 明生あさおなら尻込みしただろうが、王は「今宵は世話になる」と一瞥し、スリッパに履き替えて中に入った。

 

 マーリンはと言えば――レンタサイクルでこちらに向かっている。

 使用後は、近くの『ポート』に返却すれば良い。

 使い魔となったカラス二羽を誘導するために、あえて自転車を使ったのだ。

 カラスたちは、主のマーリンの姿が見えないと迷子になるらしい。


 

「……『和風』と言う造りですね」

 畳に座ったガウェインは、広い居間を見回した。

 居間の一角は小上がりの畳部屋になっており、襖を閉めたら独立した和室になる。

 4つあるベッドルームのうちの半分は、和室にリフォームされているとのこと。

 お茶の先生を迎える時に使うため、らしい。


「うむ。不思議と落ち着く。石を積み重ねた城と違って暖かい」

 王は一息つく。

 すると、サーバントが温かいハンドタオルを持って来た。


「これは、ヴィ…いや、御子柴嬢の指示かね?」

 王は訊ねると、サーパントは「はい」と答える。

 王たちの時代は、貴人が訪れると水を張ったタライを出し、手を洗って貰った後に白いタオルを差し出すのがマナーであった。

 

 王が懐かしさに浸っていると、サーバントは寝室はどうするかを聞いて来た。

 王は少し考え、和室に三人分の布団を敷けるか訊ねた。

 サーバントは出来ますと答え、王はそうするように頼む。


 サーバントが襖を閉めて去った後、ガウェインはささやく。

「叔父上、私とマーリンがお傍で眠っても良いのですか?」

「構わぬ。今宵は作戦会議だ」


 その時、襖の外からマーリンの声が聞こえた。

「アーサー王、入ってもよろしいでしょうか?」

「おお、待っておったぞ」

「では……」


 すると襖が開き、マーリンがスリッパを脱いで上がって来た。

「まずは、ひと休みしましょう。風呂の用意も出来ているそうです。王が最初にお入りください」


「おお、ありがたい。それより、カラスは連れて来られたのかね?」

「向かいの建物の屋上に留まるよう命じました。『ベリン』『ベラン』と名付けました。兄弟のようです」


「……きょうだいか……」

 王は、ランスロットとエクトル・ド・マリスを想う。

 

 エクトルは、ランスロットの異母弟である。

 母親はアグラドバイン卿の娘で、エクトルが産まれたのは、父のバン王の死後だ。

 マリス城で育てられ、バン王の嫡男の騎士叙任の噂を聞いた日――キャメロットに向かって旅立ったのだ。


 ランスロットとエクトルは、生まれた日から一緒だったかの如く仲が良かった。

 母親が違っても目元や輪郭が似ており、一目で兄弟だと判る。

 

 王は、睦まじい兄弟を微笑ましく見ていた。

 自分の抹殺を計る異母姉とは正反対であり――先を思って深く息を吐く。


 その時、サーバントが紅茶とクッキーを持って来た。

 ガウェインが受け取り、豪奢な黒壇の座卓に置く。

 

 甥の瞳に迷いと郷愁が浮かんでいることに、王はまだ気付かない。


 

  ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(17)


 エクトル・ド・マリス卿は、ランスロットの異母弟です。

 父のバン王の死期を考えると、年齢は一歳違いぐらいでしょうか?


 日本語の辞典的なものには、「エクトルの母親は、アグラヴァンの妻」との記述が見られます。

 つまり、バン王は人妻に手を出したことになります。

 じゃ、この『アグラヴァン』で誰だよ?なので、英語の辞典的なものを検索すると、初めて見る文章が出て来ました。

 それによると――


 ――エクトルの母親は、アグラドヴァイン卿の『daughter』。


 は? 『daughter』って娘だよな?

 それとも、古い言い回しでは『妻』も『daughter』って言うのか?

 いや、それ以前にこの記述は正しいのか?

 書いた人が『妻』を『娘』に書き換えたんじゃないだろうな?


 疑いつつも、その後の記述によると――


 ――エクトルは母方の祖父が暮らすマリス城で育ち、後に騎士に叙任された。


 うーむ。

 そうなのか。

 この記述を信じるぞ!

 と言う訳で、それを参考にエクトルを描くことにしました。


 ちなみにランスロットの盾の紋章は、白銀地に赤い斜線が三本。

 エクトルは、その上にオレンジ色の太陽が描き加えられています。

 

 従兄弟のライオネルとボールスの盾も、ランスロットの盾にアレンジが加えられていた筈。

 本と、英語版のWikiでも見たことがあります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る