第21話 再会……友よ。

「『オオカミ執事と紅薔薇お嬢さま』は絶賛公開中です! ぜひ観て下さい!」

 映画会社の広報がパンフレットを手にして、頭を下げた。


「あと三十秒で中継終了みたいです」

 蘭澄かすみがささやき、明生あさおは唾を呑む。

 その一分後に、三人で手を繋いで唱和せねばならない。

 だが、目前で滞空飛行しているカラスどもは、今にも襲い掛かって来そうだ。


「カラスどもが睨んでるっ」

「中継が終わったら迎撃します!」


 奥名おきな――ではなく、ガウェインが提案した。

 二メートル先のテーブルには、シネコンで販売中のグッズが並ぶ。

 ガウェインは右足を半歩前に出し、飛び出る体勢を作る。

 

 


「では、スタジオの倉橋さーん」

 女性キャスターは、愛想良く笑って手を振った。

 タイムキーパーが『CM入り』と書かれた紙をかざし、スタッフの「OKです」の声が上がる。

 

 次の瞬間――アーサー王は蘭澄かすみの右腕を取った。

「姿勢を低く!」

「は、はいっ!」


 訳の分からぬまま、蘭澄かすみはスカートを押さえて腰を落とした。

 ガウェインはジャンプし、テーブル上の『変身ステッキ』を引っ掴む。


「叔父上、これを!」

 

 『紅薔薇お嬢さま』の、ピンク色の変身アイテムが宙を舞った。

 王は持ち手側をキャッチし、飛んで来るカラスに先端を向ける。

 武器を手にすれば百人力だ(当社比)。

 

 王は額に突っ込んで来た一羽を叩いたが、手ごたえが変だ。

 叩いたカラスも、何事も無かったように左旋回して再突撃して来る。

 

「まるで、魔法の盾を纏っているようだ!」

 王は別のカラスを叩いたが、羽根一枚さえも落ちない。

 さすがにモーガンの魔術は強力だ。

 手下のカラスの守備力を上げることも忘れない。

 

 ガウェインはジャケットを脱ぎ、振り回してカラスを遠ざけようとする。

 ヴィヴィアンも飛び出し、ラウンドバッグを盾代わりにして迎撃する。

 

 観衆のどよめきなど耳に入らない。



「四時半ですっ!!」

 愛理えりが叫んだ。

 摩訶不思議な乱闘に困惑していたが、ヴィヴィアンの指示を忘れなかった。

 『午後四時半になったら教えて』と云う指示を。


 王はステッキを振りつつ、ガウェインはジャケットを振りつつ、蘭澄かすみの手を取った。



「待って!」

 ヴィヴィアンは振り返った。

「カラスが去って行く!」

「なに!?」


 王は見上げた。

 八羽のカラスは、こちらに尻尾を向けて向こうのビルに向かって飛んで行く。


「マーリンが魔法陣を破ったようです! さあ、急いで下さい!」

「承知した!」


 王とガウェインは得物を持った手を上げたままで、立ち上がった蘭澄かすみを見つめた。


「は、はい……唱和すれば良いんですね?」

 蘭澄かすみはコクリと頷く。


 三人は一呼吸おき、ヴィヴィアンの「せ~の」の合図で唇を開く。

「ログレス王国に栄光あれ!!!」





「あのぉ……」

 奇妙なエア格闘が終わったと見たディレクターが近付いて来た。

「……御協力ありがとうございました。謝礼のクオカードをお渡ししますので……」


 ディレクターはドン引き状態で、ひどく後悔している顔付きだ。

 放送事故になっていたら、始末書ものだっただろう。


 王たちは唖然としている観衆を尻目に、ロケバスの方に退散する。


「あ、そのステッキは買い取りますので」

 ヴィヴィアンは少し形が崩れたラウンドバッグから財布を取り出し、現金で

六千円を手渡した。

「売価は、税込み五千八百円でしたわね。釣りは不要です」




「大丈夫か、ランスロット」

 王は、少しふらつくランスロットの手を取ったまま歩く。


「……歩けます。陛下」

 ランスロットは足を止め、瞼を閉じる。


 姿が違っていても、言語が違っていても、その声音は王が知る男のものだった。

 我が子同様に寵愛した騎士の声だ。


「とんだ騒ぎになってしまいましたわね」

 ヴィヴィアンは乱れた髪を指で梳き、育てた子を眺める。

 そこには、母親の情以外の何かが読み取れる。


 ガウェインは、彼らの後ろを歩きながら――記憶の波に浸っていた。

 尊敬していた王と、無二の友。

 王国の頂点の時代が、ありありと蘇る。



「……あの……」

 愛理えりが、ゆっくりと近付いて来た。

 目を見開き、たどたどしく話す。


「……ここはどこですか?」

「……あなた……!」


 ヴィヴィアンは予想外の好事に大きく微笑んだ。

 愛理えりは大粒の涙を流し、ランスロットに駆け寄る。


「兄上なのですね? あなたの弟のエクトルです……!」

「ああ……分かる。エクトル・ド・マリス……わが弟!」


 兄弟は人目も気にせず、膝をついて抱擁した。

 モルドレッドとの戦いで窮地に陥ったアーサー王を救うため、ランスロットたちは海を渡った。

 しかし戦乱の中で離別し、エクトルは数年間も兄を探し回り、棺の中で眠る兄と再会を果たした。

 

 あれから、どれぐらいの時が過ぎたのだろう――。



「マーリンも戻って来ましたわ。今宵は、私の家で過ごしましょう」

 ヴィヴィアンは、駅から出て来たマーリンを指した。

 マーリンの使い魔となった二匹のカラスも上空から降りて来て、その頭上を旋回している。


 一件落着し、王は息を吐いてボンネットを脱いだ。

 引っかき傷の付いたボンネットを、夕映えが照らしていた。

 


 ――続く。

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