第19話 交通ルールは守ろうね

「いったい、何がどうなってるんですか?」

 

 古水蘭澄かすみは、ただただ戸惑う。

 今頃は帰宅して、金魚を眺めてホッコリしている筈だった。

 なのに、テレビ局のロケバスの中で、先輩と衣装交換をしている。

 先輩のロリータドレスに着替えて、テレビの生中継に出る羽目になった。

 

「せっ、先輩じゃ駄目なんですか?」

「出るのは、あなた。さっきも言った通りの手順でやりなさい」


 ヴィヴィアンは、かつて育てた子に言い聞かせる。

 

 遠いあの日――炎上するベンウィック城の隠し通路から、十二名が出て来た。

 

 男が八名、女が四名。

 バン王と護衛の騎士たち。

 エレーヌ王妃と侍女たち。

 王妃は、赤子を抱いている。


 だが深手を追っていた王は倒れた。

 騎士たち抱き起こされる王に、王妃は駆け寄る。

 見ていたヴィヴィアンは侍女に変身し、王妃の手から赤子を受け取った。

 深夜の落城に混乱する人々は、侍女が一人増えたことに気付かない。


 ヴィヴィアンは、そのまま館に転移した。

 城近くの湖底の館に住んでいた彼女は、赤子が誕生する前から見守っていた。

 その赤子が、優れた美貌を持つ世界最高の騎士になることも知っていた――。



「いい? 適当にニコニコしていてね。私と体格差が無くて良かった」

 古水蘭澄かすみの服を着込んだヴィヴィアンは、ロリータドレスの背のボタンを留めてやり、手櫛を入れて解いた三つ編みを解してやる。

 もともと癖毛らしく、胸まで届く髪はフワフワと綿毛のように跳ねた。

 

(生まれ変わっても可愛い。さすがは私の育てた子♥)


 自分を誉めつつ「着替え終わりましたー!」と言うと、仕切りのカーテンが開いて女性スタッフが外に出るように指示してくれた。


 誘導されて例のドーム横に行くと、王とガウェインが待っていた。

 王はボンネットを被ったままで、手にアクスタを持っている。

 ガウェインは、マーリンが着ていた緑色のタキシードジャケットを着ている。

 マーリンのジャケは少しきつかったので、背中の糸にハサミを入れた。

 どうせ、前を向いて立っているたけなので、問題は無い。

 大切なのは、映画の宣伝協力としてコスプレ衣装で出演することなのだ。



「さあ、彼女が真ん中で」

 若い男性スタッフが指示をする。

 ロリータドレスの美少女が真ん中、は当然だろう。

 映画会社の広報の女性も満足そうだが……しかし一言。


「キミ、そのボンネットは彼女に返せない?」

「いや、オモロイから良いと思うよ~」


 ゲストの芸人が笑った。

 王も、呼応して笑う。

 この現世では、こういう返し方が円滑に事を運ぶらしい。




「あと三分二十秒で、スタジオから切り替えです」

 スタッフが叫んだ。

 

 四時二十二分に、番宣開始で、四時二十九分に番宣終了とのこと。

 中継もいったん終了なので、その一分後に唱和すれば良いのだ。

 成功しそうなムードに王の緊張は少し解れたが……


(……ぬう、カラスどもめが!)

 頭上を見て舌打ちする。

 わずか二ヤードほど上を、カラスたちが円を描いて飛んでいるのが見える。

 裏地に呪文を記したボンネットを被せられて、ようやく視認できたのだ。

 通常、こんな飛び方をするカラスはいない。

 しかも、次第に高度を下げている。

 

 周辺には、白いものの痕跡が増えている。

 フンを落としているのだが、カラス同様に見えないらしい。

 芸人の肩にも落ちているが、本人は全く気付いていないようだ。

 幸い、ランスロットとガウェインも難を逃れている。

 早いところ、マーリンが魔法陣を破ってくれれば良いのだが――。


 王はヤキモキしつつ、カメラマンの真後ろに立つヴィヴィアンを見つめた。




 一方、マーリンは駅の南口近くを走っていた。

 スマホを眺めつつ、必死に呪符を探す。

 おおよその見当は付くが、周辺はビルやホテルだ。

 外壁や窓に貼られている可能性が高い。

 

 こちらの行動が筒抜けなら、午後四時三十分を待たずにカラスどもの総攻撃が始まるだろう。

 ヴィヴィアンの呪文が効いているとは云え、ランスロットやガウェインは丸腰だ。

 ターゲットがそちらに移ったら、目も当てられない。


 横断歩道の赤信号で立ち止まるマーリンは、必死に壁と窓に視線を走らせる。

 

 

  ――続く。

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