第18話 札幌駅前広場の魔法陣を破れ!


「何だって!」

 王は目を剥き、上を見上げる。

 ビルの一角が目に入るが、飛ぶ鳥は見えない。

 が、何かが近付いて来る気配がした。

 慌てて妹の手を取って駆け出し、マーリンにも指示する。


「古水さんを頼む!」

「はいっ!」

 マーリンも、蘭澄かすみの手を取って駅のコンコースに飛び込む。

 奥名おきなも目を真ん丸にして付いて来る。

 間髪置かず、ヴィヴィアンも駆け込んで来て合流した。


「何なんだ、キミたちは!」

 ガウェインの人格が出ていない奥名おきなは、王に詰め寄った。

 当然の態度ではあるが、その耳元に移動したヴィヴィアンが声高に言う。


「梨と林檎が好きっ!」

「……ぐあおえっ! 古水こすいくんがランスロットだったなんてーー!」


 ガウェインは、セルフバックドロップでエビぞって悶える。

 どうやら、ヴィヴィアンの言った「梨と林檎」がガウェインの人格を引き出す鍵のようだ。

 しかし、人の多い時間帯のこと。

 通行人の見て見ぬ視線が集まるが、王たちはそれどころではない。



「王が攻撃されています。のたうち回るのは後にして下さい!」

 ヴィヴィアンは叱責しつつ、ピンクのラウンドバッグから、ゴールドの油性ペンを取り出す。

 バッグを王に押し付け、ボンネットを脱ぎ、内側に文字を書いて王に被せた。


「オガム文字で呪文を記しました。被っていれば、カラスの襲撃を避けられます!」

「ぬう……」


 王は戸惑う。

 カラスの襲撃を避けるためとは云え、これは相当な屈辱だ。

 婦女子の礼装たる帽子を被って、外で唱和せよと言うのだろうか。

 この異装はこの時代でも珍しいのか、通行人の視線が痛さを増す。

 

 だが、カラスに頭を突かれるよりはマシだ。

 どこかで、カラスが人を突く映像を観た記憶もあるし、あれは避けたい。



「問題は、あのテレビ中継です。番組表を調べましたが、午後五時十五分まで放送があります。午後四時三十分までに、彼らがあの場所から退くかどうか」


 マーリンは、スマホと中継の見物人の輪を交互に睨む。

 夕方の長寿人気番組のせいか、遠巻きに眺めている若者が多い。

 スタッフの警備をくぐって突撃する迷惑者は居ないようだが、王は焦る。


「あの男女が立っている場所でなければ駄目なのか?」

「はい。何とかして、あの場所で唱和しましょう!」


「……それより叔父上、攻撃されているとは!?」

 ようやくガウェインは立ち直り、乱れた髪を整えつつ輪に入った。

 王は手短に説明し、蘭澄かすみ愛理えりは、唖然とその言葉に聞き入っている。

 

 明生あさおが、見えないカラスに攻撃されている。

 その攻撃をかわしてテレビ番組の中継に割り込み、明生あさお奥名おきな蘭澄かすみが手を繋いで『ログレス王国に栄光あれ』と唱和する。


 要約すればこういうことだが、冗談だと笑い飛ばすには明生あさおたちが真剣過ぎる。

 溢れる緊張感に、割って入る隙を見つけられない。



「カラスは私が何とかします!」

 マーリンは、スマホに付近のマップを表示する。

「動物を操るのは、魔法使いの初歩の術です。この駅前広場の周囲に魔法陣が形成されていて、その付近でカラスを操っているようです。この広場の東西南北のどこかに四枚の呪符が貼られています。どれか一枚を破れば、魔法陣が無効化します!」


 マーリンが何事か呟いてスマホ画面を撫でると、四つの光点が浮かび上がった。

「おおよその位置は判ります! 行って来ます!」


「しかし、あのテレビ中継とやらは!?」

 

 王は食いついたが――その時、後ろから声が掛かった。

 一斉に振り向くと、トレーナー姿の女とスーツ姿の女がいた。

 トレーナー姿の女は耳にインカムを付けている。


「すみません。中継している番組スタッフの市川と申しますが」

 女は、名刺を差し出した。

「こんばんは。突然で申し訳ありませんが、テレビの生中継に出てみませんか?」

「は?」


「実は、午後四時二十二分から映画の宣伝が入るんです。こちらは、制作会社の広報の方です。皆様が、映画のキャラクターのコスプレをしているのが目に入ったので、失礼かと思いましたが、お声掛けさせて頂きました」


「出ます!」

 ヴィヴィアンは満面の笑顔で即答した。


 

  ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(15)


 アーサー王の異父姉モーガン・ル・フェイの名は、ケルトの女神モリガンに由来するようです。

 戦場ではカラスに変身する戦いの女神で、三姉妹だったり九姉妹だったりします。

 

 マロリー版『アーサー王の死』では、モルゴース・エレイン・モーガンの三姉妹ですが、マロリーが神話的な意味を意識して三姉妹にしたとも思えないです。

 

 昔、何かの書籍で『フランスのシテ島の巫女たち』の伝説を読んだのですが、その書籍が思い出せません。

 調べたら、紀元前のシテ島にはケルトと関わりの深い民族が住んでいたようです。

 シテ島の巫女は、その時代に存在していたのかも知れません。

 なかなかにロマンチックな伝説です。



 そして文中の『カラスが人を突く映像』は、ヒッチコック監督の『鳥』ですね。

 ヒロインの恋人の妹役で出演していた女優のベロニカ・カートライトさんは、後に『エイリアン』で、犠牲になる乗組員を演じていました。

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