第15話 マーリンはヴィヴィアンの元彼だし

「やあ。おはよう、古水さん」

 

 駅中から現れた奥名太陽たかあきらは、サイドウォークで近付いて来た。

 ネイビーチェックパンツに白シャツ・白パーカーコーデで、ホロホロと笑う。


「ああ。今日のスタイルは、とても清楚で清らかだね。清田区の公園に咲く水芭蕉みずばしょうの傍に佇むモナリザのようだ」


 

 ……愛里は「何こいつ」と言いたげに奥名を睨み、王も瞬きを繰り返す。


 古水蘭澄かすみの正体を知って七転八倒していた彼は、翌日は学校を休んだ。

 しかし、今日は何事もなかったようにニヤついている。


 ヴィヴィアンが「私が何とかする」と言っていたが、どう宥めたのかは分からない。

 ともかく、立ち直ったならそれで良し。

 何と言ってもガウェインは、信頼できる甥っ子なのだから。



「大野くんもおはよう。妹さんかい? 君に似ていなくて幸いだねフッフ~♪」

「……そりゃ、どうも」


 明生あさおは、王に代わって答えた。

 二日ほど前から、王が「現代人を相手にするのは面倒だ」と判断した時は引っ込む傾向にある。

 現在進行形の記憶は共有だから問題は無いが、授業などは明生あさおが担当する。

 マーリンたちと相談する時は王の担当、と自然と役割分担が決まった。

 

 戦いの時は、当然に王が担当するだろう。

 敵は、こちらの命を狙っているのだ。

 不安は尽きないが、今の所は傘を振り回す程度で済んでいる。

 流血沙汰に発展しないことを祈るしか無い。



 

「大野くん、待たせたね」

 背後からマーリンこと真島りんが声を掛けて来た。

 振り向いた明生あさおだが――絶句した。


 マーリンとヴィヴィアンは一緒で、揃ってコスプレをしていた。

 緑色のテールコート、赤茶色のズボン、白シャツに黒ネクタイのマーリン。

 濃いピンクのロリータドレスにボンネット、厚底白ブーツのヴィヴィアン。

 学校ではアップにしている髪を下ろし、黒縁の伊達メガネも掛けている。

 昨夜調べた『オオカミ執事と紅薔薇お嬢さま』のイラストそのままだ。



「……その衣装は」

「何か問題でも?」


 ケロッと答えるヴィヴィアンだが、二人ともリアルな衣装だ。

 愛理えりも「すっごーい」と半ば呆れ顔でささやく。


「キミら、付き合ってるのかい?」

「気のせいです」


 ヴィヴィアンは、奥名の突っ込みを卒なくかわす。

「それよりも、二十分後に上映開始です。行きましょう」



 かくして六人は、目当てのアニメ映画が上映されるシネコンに向かった。

 ヴィヴィアンいわく「六席まとめて、父がカード払いしました」とか。


「代金を私に寄越すなど、野暮なことは不要です」と彼女が言うので、ありがたく御好意に預かることにした。


 スナックと飲み物を買い、一行は指定席に座った。

 中央部分の、スクリーンが見やすい席だ。

 祝日だけあって満員で、他のコスプレイヤーも数名を見かけた。

 これならヴィヴィアンとマーリンも、予想より悪目立ちしない。

 明生あさおは安堵し、コーラをすする。


 座った位置は、後ろから見て『明生あさお』『真島りん』『御子柴あん』『奥名太陽』『古水蘭澄』『愛理えり』だ。

 無難な、波風の立たない配置である。



「アーサー王、大事な話が」

 マーリンは耳元で言い、明生あさおと入れ替わった王は頷く。

「何事か?」


「駅前の気配が妙です。魔法陣が仕掛けられているようです」

「まことか!?」


「はい。我々の行動は敵に筒抜けなのでしょう」

「魔法陣とやらを解く方法は?」


「人が多くて、今は無理です」

「どうするのだ?」


「とりあえず、予定通りに行動しましょう。変更するのは面倒です」


 マーリンは冷静に、チョコマシュマロをポンと口に放り込んだ。




  ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(12)


 ランスロットが初登場したのは、クレチアン・ド・トロワの『ランスロ』だと前に書きましたが、執筆のきっかけは彼が仕えていたマリー・ド・シャンパーニュ夫人の提案に寄るものです。


「流行りの宮廷風恋愛アムール・クルトワをテーマにしたアーサー王騎士の話が読みたいわ!」


 ――とか何とか言われ、トロワは「宮廷風恋愛アムール・クルトワは苦手だけど仕方ない」と書き始めました多分。

 

 『宮廷風恋愛アムール・クルトワ』は、『騎士が自分より高貴な身分の奥方人妻を愛する』こと。

 フランス宮廷のレディたちの間で流行ったのかな?


 しかしトロワは『ランスロ』の完成を断念、弟子にラストシーンを書かせました。

 王妃を誘拐した敵騎士をランスロが倒して物語は終わり、王妃との恋の結末は描かれていません。

 

 それを執筆したのは後世のフランスの作家たちで、イギリスのトマス・マロリー卿がそれを元に物語を完成させることになります。


 『ランスロ』は、言わばマリー夫人が書かせた同人誌みたいなものです。

 マリー夫人とトロワがいなければ、『アーサー王の悲劇』は産まれなかったかも知れません。

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