第14話 マスタードとシナモンシュガーのマリアージュ💛

 四月末の祝日、午前九時五十分。

 札幌駅南口のガラス張りドームを囲むベンチに、王は腰掛けていた。

 隣には、妹の愛理えり

 その隣には古水蘭澄ランスロット

 愛理えりはデニムワンピ、古水蘭澄かすみは千鳥格子のジャンパースカートにカーディガンを羽織っている。


 姉妹のように会話する少女たちを横目に、王はスマホのメモを開く。

 そして、一昨日のマーリン・ヴィヴィアンコンビとの会話を思い起こす。




「……王がランスロットを覚醒させると決めたなら、我々は従います」

「では、早々に手を打ちます。日付・時間・緯度経度・星の動き・誕生日などから、最も早くランスロットを覚醒させる方策を割り出します」


「そうか。また百日以上も掛けて、指輪に魔力を注入むするのかと思ったぞ」


「御心配なく。王が覚醒したので、星の動きが読みやすくなりました」

「ただし、多少無茶な行動が必要かも知れません」


「無茶とは?」


「午前五時に大通公園のベンチで焼き立てトウモロコシを食べろと命令される、と言えば御理解いただけるでしょうか」


 

 ――ヴィヴィアンは平然と言ったが、王は顔を大きく歪めた。

 この時期、大通公園に『とうきびワゴン』は出ているが、午前五時に営業してる筈がない。

 とにかく、嫌な無茶振りが待っていることは確実だ。



 そして、その日の午後七時。

 早くも、ヴィヴィアンからメールが送られてきた。

 そこに記されていたのは、ランスロットを覚醒させる手順だった。



 ◇ ◇


・決行は、明後日の祝日の午前十時。


・王陛下、マーリン、ガウェイン、私、ランスロットの五人で札幌駅前のドームで待ち合わせをする。


・近くのシネコンで、アニメ『オオカミ執事と紅薔薇お嬢さま』を鑑賞。


・鑑賞後、王陛下は『紅薔薇お嬢さま』のアクスタ三種類を購入。


・王陛下は、その場でアクスタを持って記念撮影。


・お昼ごはんは、百貨店八階のお蕎麦屋さんで。


・王陛下は『天ざる』、マーリンは『カレー南蛮』、ガウェインは『天丼』、私は『うな重』を食べる。ランスロットは自由。


・時計台を見学後、近くのカフェで私と王陛下はホットドックを食べる。他の人は自由に注文可。


・午後四時三十分。駅のドーム前に立つ。


・王陛下はガウェイン・ランスロットと手を繋ぎ、「ログレス王国に栄光あれ!」と唱和する。


・ランスロットは覚醒し、現地解散。


・終わり。


・先日に渡したタクシー代は返してくださいね♥


 ◇ ◇



「うーむ」

 文面を読んだ王は小声で唸った。

「午前五時に、大通公園で焼きたてのトウモロコシを食べる」よりは実現可能な内容には思える。


 食事メニューまで限定とは引っ掛かるが、星回りだの誕生日だの、面倒な計算の果てにヴィヴィアンが出した答えだ。

 受け入れるより方法はない。


 

 が、昨夜の入浴後に不測の事態が発生した。

 古水蘭澄かすみを誘ってグループデート、の計画を妹の愛理えりが知ったのだ。

 古水蘭澄かすみを慕う妹は、自分も行くと言って退かない。

「せっかくだから、男女同数にしよう」との主張を崩さない。


 止むを得ずにヴィヴィアンに相談すると、一時間後に返信メールが届いた。

 それには、こう記されていた。



  ◇ ◇

 

 大野明生あさおの妹の件は予想外でした。

 しかし御心配なく。

 すぐに再計算しました。

 カフェで食べるホットドックを、王陛下の分だけ少し変更しましょう。

 注文する時に、マスタードとシナモンシュガーを追加トッピングして下さい。

 そうすれば、妹がどう行動しようと問題ありません。

 

  ◇ ◇




「ぬうっ……」

 さすがの王も歯ぎしりし、メール画面を閉じた。

 大野明生あさおの知識から、『マスタードとシナモンシュガー』は理解している。

 だが、その二つの香辛料を同時に味わうことを、体が断固拒否している気がする。


 しかし、ランスロットを覚醒させねばならない。

 今さら、後には引けない。

 王たる者、一度決めた事を覆すのは恥である。

 王は、『王の名誉』を護らねばならないのだ。


 


  ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(11)


 ここで、一話に登場させたアーサー王の息子モルドレッドに付いて述べます。

 アーサー王の異父舞には、モルゴースとモーガン・ル・フェイがいます。


 そしてモルドレッドは、作品によってはモルゴースの息子だったり、モーガンの息子だったりします。

 マロリーの『アーサー王の死』や『永遠の王』ではモルゴース。

 『アヴァロンの霧』では、モーガンの息子です。


 ただし、いずれも父親はアーサー。

 つまり、アーサーと異父姉の間の子です。

 マロリー版は「アーサーはモルゴースを異父姉と知らず、彼女の美貌に惹かれた」ように書かれています。

 『永遠の王』では「モルゴースがまじないで彼を誘惑」しています。


 そうして生まれたモルドレッドは、モルゴースの嫡男ガウェインの弟の一人として円卓騎士となり、悲劇を引き起こすのです。


 

【参考文献】

 

 永遠の王 ~アーサーの書

 創元推理文庫

 T・H・ホワイト著 

 森下弓子 邦訳


 アヴァロンの霧

 ハヤカワ文庫FT

 M・ジマー・ブラッドリー著

 岩明明子 邦訳


 アーサー王の死

 ちくま文庫

 サー・トマス・マロリー著

 キャクストン版

 厨川文夫 厨川圭子 抄訳


 ――敬称略。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る