第11話 疑問。騎士ばかり覚醒させて役に立つのか?

「ログレス王国に栄光あれ!」


 その言葉は奔流となり、ガウェインの心に浸み込んだ。

 記憶を包む殻が爆散し、失われた遥かな過去が鮮やかに脳裏を染める。

 

 古き女神が生きていた大地。

 緑輝く草原の向こうに、群青の海が広がっていた。

 潮風を浴び、馬で草原を駆けた少年時代がよみがえる――。


 成人して故郷を離れ、赤き竜の旗の下に集い、太陽剣ガラチンをかざして戦った。

 敬愛する偉大な王のために――。




「叔父上、ここは私にお任せを!」

 

 『奥名おきな 太陽たかあきら』は、自分が何者かを理解した。

 自分は、ログレス王国の誇り高き円卓騎士団のひとりだ。

 時を経て、アーサー王と再会できた。

 それは大いなる歓喜でもあった。


 ガウェイン卿は素早く傘立てに駆け寄り、紺色の傘の柄を握り締めて構えた。

 が、すぐに王は制止する。

「ガウェイン、その棍棒はいかん! 先端が尖っておる!」


「は?」

 見ると、先端の金属が棘状になっている。


「それで突けば、奴隷監督官が大怪我をするぞ!」

「分かりました!」


 ガウェイン卿はその傘を放り、黄色のドット柄のビニール傘に持ち替える。

 これなら、先端はそれほど尖っていない。

 ガウェインはビニール傘を構え直し、朗々と声を張り上げた。


「我はオークニー王ロットの嫡男にして、ブリタニア宗主のアーサー王に仕える円卓騎士ガウェインである! 正々堂々と勝負いたせ!」



 ……だが、敵は悪臭を放つタオル軍の下敷きになったまま、足をヒクヒク震わせている。

「おげっおげっ」と呻く声も聞こえる。



 相手が戦闘を放棄したと考えたガウェイン卿は後ずさりして、ドアに手を掛けた。

 ドアは何事も無く、スルッと開く。

 どうやら、悪しき魔法が解けたらしい。


「……叔父上、逃げましょう!」

「なに?」


 王は訊き返したが、ガウェインは王の手を取った。

「今のうちに逃げるんです! ここで先生を打ちのめしては、後々に面倒なことになります!」

「分かった!」


 二人は、一目散に部室を後にする。

 

「ガウェイン。あの奴隷監督官は、妖姫モーガンに操られていたようだ!」

「そんな所だと思っていました!」


「モーガンは、私に電話をして来た! 私の電話番号を知っていた!」

「詳しい事情は後ほど伺います! バスの時間があるので、失礼いたします!」


 

 ガウェイン卿こと『奥名おきな 太陽たかあきら』は、生徒用玄関を目指してダッシュで去った。

 左手に指輪を嵌め、ビニール傘も持ったままで。

 

 

 明生あさおも後ろを振り返りつつ、校舎を後にする。

 校舎近くのスクールバス停留所前では、十数名の生徒がバスを待っていた。

 

 汗くさいタオルのおかげで、どうにか危機は脱した。

 モーガンに操られた先生が気になるが、間も無くスクールバスが来る時間だ。

 

 最終便のスクールバスに乗りそこねたら、路線バスを利用しなければならない。

 路線バスに乗ると、途中下車して自宅まで三十分近くを歩くことになる。

 空は雲で覆われているし、それは避けたい。



(……ま、何とかなるだろ)

 明生あさおは先ほどまでの危機を忘れ、生徒たちに混じってバスを待つ。

 本人の、やや楽観的な人格が前面に出ているようだ。

 

 三分も経たずして、マーリンこと『真島 りん』も校舎から出て来た。

 彼が出て来たのなら、サッカー部顧問の心配は不要だろう。

 明生あさおはマーリンに事態を説明し、アプリの友達登録をした。

 そして、無事に最終便のスクールバスに乗り込んだのだった。




 


 一方、これより少し前のこと。


「おえっ、おえっ……」

 

 その女は窓から顔を出し、ゲェゲェと喉を鳴らしていた。

 いきなり悪臭に包まれ、耐えきれずに術を解除した。


 術を掛けた教師がアーサーの反撃を食らったらしい。

 教師が受けたダメージがそのまま伝わったのだ。

 たまらず呪符を床に放り投げ、窓を開けて換気した。

 しかし顔の周りの悪臭は、すぐには消えない。

 

「ええい、役立たずの魔法が!」

 

 女は、古代ケルトのオガム文字を刻んだ木札を睨み付ける。

 魔法使いの妹モーガンに押し付けられた木札だ。

 

 女の過去世での名は『モルゴース』。

 モーガン・ル・フェイの姉で、ガウェインの母親だった――。

 



 ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(9)


 モーガン・ル・フェイは、物語中ではアーサー王と円卓騎士団を破滅させようとします。

 しかしラストでは、瀕死のアーサー王を『アヴァロン』に運びます。


 ケルトの女神は二面性を持っているので、モーガンが『憎悪』と『癒し』の人格を持ち合わせていても矛盾はありません。


 クレチアン・ド・トロワ著作『ペルスヴァル』には、「運命の女神は前髪が無く、後ろはフサフサ」と記されています。

 この台詞は、アーサー王宮廷に現れた醜い女性のもの。

 彼女は、礼儀知らずだったペルスヴァルの罪を指摘し、立ち去ります。

 どうやら、この老婆自身が『運命の女神』らしいです。

 女神や妖精は常に、王と円卓騎士団を見守っているのです。



 【参考文献】

 フランス中世文学集2 愛と剣と

 新倉俊一 天沢退二郎 神沢栄三 邦訳

 白水社刊

 『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』

 『ランスロまたは荷車の騎士』を収録

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