第10話 マーリンは「手を繋げ」とは言っていない

「おいっ、カーテンが動かねえっ!」

 ガウェインが閉まったカーテンを肘で蹴る。

 だが、カーテンは鉄製であるかのように、ビクともしない。

 足を上げて蹴っても、ゴンゴンと鈍い音が出るだけだ。


「何だ、どうなってんだ!?」

「落ち着くのだ、ガウェイン!」


 王は室内を見回し、ロッカーの上に載っていた長い棍棒を手にした。

 相手の奴隷監督官と同種の武器である。

 剣に比べて強度が足りないが、これはこれで悪くない。

 相手は魔法で操られているに違いない。

 それに、監督官の命を奪っては面倒なことになる。

 何とか、気絶させねばならない。



「死ね、アーサー!」

 相手は、素早く棍棒を振り下ろしてくる。

 王は防御に徹していたが、そのうちに息が上がって来た。

 

 どうも、この体は身体能力が低めだ。

 奴隷仲間に比べて劣ってはいないが、いかんせん『騎士』の腕力や持久力には遠く及ばない。



「ドアも開かねええっ!」

 ガウェインは扉を開けようとしているが、こちらも魔法で閉じられているようだ。


 動揺しているガウェインは、役に立ちそうにない。

 王は必死で打開策を練る。

 しかし、魔法に打ち勝てたことは無い。

 せめて、マーリンも『部活』から抜け出られば良いのだが。

 

 このままでは体力が尽きて、棍棒の先端で一突きされて終了である。

 そうなれば、魂が消滅するらしい。

 それは困る。



 

 ――シャンリリリ・リン♪


 竪琴を思わせる音が鳴った。

 王は音の出どころを探し――すぐに上衣の物入れだと気付く。


(何だよ、こんな時に!)


 が、明生あさおは反射的にポケットに手を突っ込み、片手で操作した。

 相手も攻撃を止め、ニヤリと笑ったまま突っ立っている。


 不審に思いつつも、相手を確かめもせずに、ついつい電話に出た。


「もしもしっ」

「……ホッホッホッ」


 ヘリウムガスを吸ったような声が聞こえた。

「アーサー、楽シンデ貰エテ イルカシラ?」


「何だと!?」

 驚いて画面を見ると、『非通知設定』と表示されている。

 しかし、相手は間違いなく……


「モーガン・ル・フェイ!」

 王は叫んだ。

「姉上、あなたもこの世界においでか!」


「ホッホッホッ。円卓騎士トモドモ、仲ヨク滅ビテシマエ!」

「無関係の監督官を巻き込むとは卑怯な!」


「……ソウカシラ?」

「何っ!?」


「マア、セイゼイ祈リナサイ。ヒョットシタラ、麦ノ種程度ニハ生マレ変ワレルカモ知レナイカラ。ホッホッホッ」


 ここで通話は切れた。

 それを待っていたかのように敵が襲い掛かって来て、王はスマホをポケットに戻して応戦する。

 

 

 だが、相手は思いの他に強い。

 どうやら、自分よりも鍛錬を積んでいるらしい。

 そこらの障害物を巧みにかわして、突いて来る。


 王は追い詰められ、置いてあった椅子にぶつかった。

 座面に腰が落ち、そのまま引っくり返る。


 背を丸めて頭部は守ったが、相手の棍棒の先端が喉に当てられた。

 先端は金属製で尖っている。

 

「おのれ!」

「死ねっ!」


 歯噛みする王の喉に向かい、棍棒の先端が突き下ろされる。



「先生、何やってんですかっ!」

 ガウェインが叫び、頭上にかかげた何かを敵の頭に被せた。


「ぐぶぁっ!?」

 視界を塞がれた敵は、勢い余ってよろけて転ぶ。


 王は敵の棍棒を打ち返して立ち上がった。

 見ると、敵は汚れた布の山の下で足をバタバタさせている。

 暑苦しい、ムオ~ンとした悪臭が漂う。


「きっ、昨日の練習で使ったタオルだ!」

 ガウェインは裏声で叫び、もがく敵の頭にランドリーケースを投げ付けた。



「ガウェイン、今だ! 唱和するぞ!」

 王は手を伸ばす。

 ガウェインは訳も分からぬままに差し出された手を取り、頷いた。


「ログレス王国に」

「栄光あれっ!!」


 二人の声は重なり、力強く振動した。



 

 ――続く。



*********


アーサー王伝説豆知識(8)


 『ログレス王国』は、『キャメロット』を王都とする架空の王国です。

 ウーゼルとアーサー親子が治めた国で、彼らはブリタニア諸国をも治めた宗主でもありました。


 そして『アヴァロン』は、ケルト伝説の妖精たちが住まう島で、最後の闘いで致命傷を負ったアーサー王が運ばれる場所です。

 モーガン・ル・フェイと貴婦人たちが乗る舟がアーサー王を迎えに来るのですが、

舟に乗せられたアーサー王はアヴァロンに……運ばれて永眠したかは不明。

 

 マロリー版では、「王と思しき遺体を貴婦人たちが司教の居る寺院に運んだ」との記述がありますが、マロリーは結論をボカしています。

 その遺体が、王であるとは断言できないと。


 マロリーは、宗教的見地から結論を読者に委ねたのかも知れません。

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