第8話 セーラー服と浴衣に屈服する男
「はい。では、私は予備校があるので帰宅します。陛下の健闘を祈ります」
「すみません。僕も部活があるので失礼します。ああ、スマホは持ってて下さいね。いざという時の連絡用です」
――ヴィヴィアンとマーリンは、回れ右をして立ち去った。
反論する間も無く、王はポツンと取り残される。
この世界は『主君への忠誠』よりも、『予備校』や『部活』が優先されるのだ。
どうやら、自分ひとりでガウェインを覚醒させねばならぬようだ。
納得しかねるが、仕方がない。
紙切れの文字を暗記し、王はサッカー部の玄室に辿り着く。
「……誰か
咳ばらいをしてドアを開けると、無人だった。
片側の壁には扉付きの棚が並び、その反対側には靴棚があり、中央に並ぶ椅子には衣類が雑然と置かれている。
不快な臭いが立ち込めており、回廊でガウェインを待つことにした。
窓から外を眺めると、奴隷たちの姿が見える。
護送馬車に乗り込む者、徒歩で城門に向かう者。
軽装で一列に並んで走る者たちは、兵士になるべく鍛錬しているのだろう。
それらも見飽きた頃――ようやくガウェインが現れた。
髪は乱れ、シャツと短いズボンは土で汚れている。
が、手足の筋肉の張り具合は、なかなかのものだ。
これは心強い。
「ああ、大野くんじゃないか」
王を見つけたガウェインは駆け寄って来た。
「古水さんの具合は? 心配してたんだよ」
「軽い貧血であろう。心配には及ばぬ」
「……それなら、いいけど。君、時代劇のファンかい?」
ガウェインは失笑しつつ、玄室に入る。
追う王は、彼の背に食いつく。
「実は、そなたに大事な話がある」
「
「は?」
「まあ、当然と言えば当然の結果だよね」
「何ゆえ、そんな話を知っている?」
「ボクのクラスメイトが喋ってたのを聞いただけだよ」
ガウェインは、鼻の下を伸ばしてせせら笑った。
「安心したまえ。彼女はボクが引き受ける。中学の同級生だったらしいけど、実に残念だったねえ(プッ」
(ぬう、何という不遜な態度だ!)
ガウェインの物言いに、寛大な王もカチンと来た。
婦人が絡むと、ガウェインは尻が浮くような言動を発する。
だが、この調子ならヴィヴィアンの策略も成功しそうだ。
王は、なおも食らいつく。
「それより、そなたに受け取って欲しい物がある」
「今のボクに大事なのは、二十分後に到着する北港通り行きのバスに乗ることだよ」
「いや、一分で出来ることだ。手伝ってくれ」
「君と一分で出来ることなんて無いね」
ガウェインは手早く、通常の奴隷服に着替え終えた。
出で行こうとする彼を、王は必死に引き留める。
「これは、
そう言って指輪を見せると――ガウェインの足が止まった。
金色のリングに薔薇色の小石が付いた、いかにも女の子が買いそうな指輪である。
「これをそなたの左手薬指に嵌めさせて欲しい。そして、余と一緒に唱えるのだ。『ログレス王国に栄光あれ!』と。さすれば、この指輪はそなたのものだ」
「……イヤだ」
ガウェインは顔をしかめた。
「何で、そんな不気味なことをしなきゃならないんだ? 第一、君のお下がりなんて屈辱じゃあないか。指輪なら、ボクが彼女に買ってあげるよ。もっと良いモノをね」
「うぬぅ……」
王は、ギギッと歯ぎしりした。
ガウェインの言葉が正当過ぎて、反論できない。
もっとマトモな策略を思い付かなかったのか、とヴィヴィアンを恨む。
――何か良い方法は無いか?
――何か良い方法は無いか?
王は必死に考えるが、ガウェインは玄室から出て行こうとする。
こうなったら、彼と一緒に護送馬車に乗るしか無い。
が――ここで、ストンと閃いた。
腕が勝手に動き、ポケットの中のスマホを取り出す。
「待って下さい、
大野
「僕のスマホには、
「ほわゔぁっ!?」
ガウェインは振り向き、目の色を変え、奇怪な声を上げた。
――続く。
*********
アーサー王伝説豆知識(6)
アーサー王の剣は『エクスカリバー』。
ガウェインの剣は『ガラチン』。
ではランスロットは……
調べると『アロンダイト』と云うことになっていますが、アーサー王伝説関連の書物には、この名は登場しません。
後世の無関係な物語に出て来る剣で、それがランスロットが持っていた剣として定着してしまったようです。
ただし、ランスロットの父のバン王の剣『クレシューズ』の名は、中世フランスで執筆されたアーサー王物語群に登場します。
某漫画にも、登場しているようですね。
この物語でも『クレシューズ』は登場予定です。
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