2章 ガウェイン卿を覚醒させよう!
第6話 人、それを『無理ゲー』と呼ぶ
「雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子参りて、炭櫃に火おこして……」
斜め後ろに座るマーリンは、初老の奴隷監督官が記す文字を書写しているようだ。
そうせねば鞭で打たれるかも知れないが、それどころでは無い。
この後の『日本史』なる座学が終われば、本日の『授業』とやらは終わりだ。
奴隷たちは帰宅を許されるが、ガウェインのように自主的に武術を学ぶ者も多いと聞いた。
ランスロットは、ガウェインと共に『サッカー部』なる武術団に所属している。
ただし、武術団の活躍を民衆に広める伝令役らしい。
武道団の兵士たちを紹介したり、鍛錬の様子を記録する役目だ。
(しかし……)
王は、窓際に座るランスロットを眺めた。
彼は口元を押さえ、沈鬱な顔をしている。
「先生、
「……大丈夫かね、
奴隷が発言し、監督官がランスロットの様子を見に行く。
「顔色が良くないね。保健室で休もうか?」
「はい……すみません」
「児玉さん、付き添ってあげなさい」
奴隷監督官は『日直』を努める奴隷に命じ、二人は玄室を去った。
予想外の出来事に、王は浮足立つ。
この『古文』の座学前、王はマーリンやヴィヴィアンと計略を練った。
もちろん、『ガウェインに指輪を嵌め、唱和させる』計略だったが――。
◇
◇
「そなたら、ガウェインの態度を知らんのか? 余を小馬鹿にしておったぞ!」
寛大な王も、さすがに言葉尻が荒れた。
しかし、マーリンは平静を崩さずに反論する。
「過去世を忘れているせいです、思い出せば、王に敬意を尽くすに違いありません。王に忠実であった騎士を、一人でも多く覚醒させていきましょう」
「いや、しかし」
王は、ぶんぶんと首を振る。
「今のガウェインに、余が指輪を嵌めることが出来ると思うか? 唱和せよと命じて『イエス』と快諾すると思うか?」
「思いません」
ヴィヴィアンも、ケロリと言ってのける。
「けれど私たちは陛下の覚醒が近いことを予知し、そのために準備して来ました。私たちは、ログレスの王陛下と共にあるのです。陛下の周囲には、かつての騎士たちの転生者が自然と集うのです」
「……そなたら。『敵』が居ると言っておったな」
「はい。陛下の覚醒を妖姫モーガンも察したでしょう。あの女も、身近に潜伏しているようです。ですから、仲間たちを覚醒させて協力して倒しましょう!」
王は二人を交互に眺め、押し黙った。
元魔術師に元妖精。
彼らの主張は理に適ってはいるが、どうも『乗せられている感』が否めない。
かと言って、この世界で『敵』に倒されて魂が消滅するのは避けたい。
「覚醒させるのは、ガウェインじゃなければ駄目なのか?」
王は、渋々と訊き返す。
説得が徒労に終わるのは目に見えているが、マーリンは首を縦に振ってくれない。
「過去世の素性が判明しているのは、彼とランスロットだけです。でも、今のランスロットじゃ戦力になりません。
「……踏み切りを全て失敗して『記録なし』だ」
「でも、サッカー部のストライカーのガウェインなら、戦力として期待できます」
「だが、どうすれば彼に指輪を嵌めることが出来るのだ?」
「ランスロットに頼みましょう。『お芝居の練習だ』と言わせて、陛下が指輪を嵌めれば良いのです。
「……気が進まぬが、止むを得ぬな。そなたらの提案を受け入れよう」
王は納得し、ヴィヴィアンと別れて玄室に戻ったのだが……。
◇
◇
しかし、肝心のランスロットが体調不良と云う緊急事態である。
彼が戻って来なければ、計略を遂行できない。
案の定――『日本史』の座学開始を前に悪い知らせが届いた。
ランスロットは早い帰宅を許され、母親が迎えに来るそうだ。
「マーリンよ。今日は無理のようだ。明日にしよう」
王は耳打ちしたが、マーリンは首を振った。
「駄目です、アーサー王。指輪の魔力は、本日の日没前に消滅します」
「何と!?」
「今日を逃せば、また指輪を買い直して魔力を注入し直さねばなりません。注入完了には、また百二十日を要します。頑張って、ガウェインに指輪を嵌めて唱和させて下さい」
――続く。
*********
アーサー王伝説豆知識(4)
マーリンは、12世紀前半の物語『ブリタニア王列伝』に登場する魔術師です。
アーサーの父親のウーゼル王に仕えたと書かれています。
ちなみにランスロットを創作したフランス人修道僧クレチアン・ド・トロワ著作のアーサー王物語四編(12世紀後半に成立)には、マーリンは登場しません。
マーリンの容姿は、画家や作品によって大きく異なります。
私は、オーブリー・ビアズリーの挿絵やバーン・ショーンズの絵画『欺かれるマーリン』の、ターバン?を巻いた髭無しの初老男性が気に入っています。
ビアズリーとバーン・ジョーンズは同時代の画家ですが、ターバン姿はイギリスの領地だったインドの影響でしょうか?
気になるデザインです。
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