第5話 『ログレス王国に栄光あれ』と唱和してみよう!
「そなたのことは聞いたことがある」
王は『ヴィヴィアン』を名乗る乙女を見つめ、
ランスロットの父であるベンウィックのバン王――。
話は、彼がログレス王に即位した時代に戻る。
時は六世紀の終わり頃。
妖精たちが、人に寄り添っていた頃。
ブリタニア大陸は、混迷の最中にあった。
ローマ帝国の支配が終わり、領主たちは領地を巡る戦いに明け暮れた。
その一方で、大陸から侵入するサクソン人の相手もしなければならなかった。
そうした混迷の時代――。
アーサーは、十五歳でログレス国の王位を継承した。
宗主ウーゼル・ペンドラゴンの嫡子である故に、ブリタニア全土の宗主の地位をも継承すると宣言した。
けれど、諸国の王や公爵は反旗を翻す。
ウーゼル王の嫡子だろうが、十五歳の若造に宗主の地位を渡せぬ、と。
圧倒的に不利な状況に浮足立つ家臣たちに、魔術師マーリンはこう助言した。
「海を越えた小ブリタニー(フランス)の二人の王と同盟を結ぶことをお勧めする。ベンウィックのバン王と、その弟のボールス王。武勇に優れた兄弟は、アーサー王の良き友となろう」
――かくして二人の王の軍勢はブリタニアに上陸し、アーサー王は反抗する諸王を打ち負かし、宗主と認められた。
二人の王は故郷に帰還したが、程なくして小ブリタニーの内乱で戦死。
バン王の嫡男であった幼いランスロットは行方不明となった。
が――実はヴィヴィアンがランスロットを保護し、湖の底の城館で養育していたのである。
ランスロットが十七歳の年に、ヴィヴィアンは彼をアーサー王の居城キャメロットに連れて行った。
亡き盟友の息子の姿にアーサー王は歓喜し、同時に我が身の情けなさを痛感した。
盟友を助けられなかった負い目、後悔は年月を経ても消えない。
それ故に、ランスロットと若き妻ギネヴィアの不義を責めることは出来なかった。
バン王に瓜二つの子を――。
「……うあぁああああぁあん」
王は両目を押さえて号泣した。
「バン王さま、ごめんなさいいいぃ」
「……とっ、トイレは下だよ。大野くん」
マーリンは慌てて王を立たせ、腕を引っ張って屋上を去る。
ヴィヴィアンは二人の弁当箱を持ち、そそくさと付いて行く。
生徒たちの好奇の視線を浴びながら。
「王、もう泣かないで下さい」
マーリンは、泣きじゃくる王の手を引いて階段を下りる。
「……まだ、心が不安定ですのね」
ヴィヴィアンは冷淡に言い、王の鼻をティッシュで拭く。
「覚醒から時間が経っていないので、過去世と現世の人格が出たり入ったりしているのでしょう」
「ヴぃヴぃあんさん、ひょんな冷たいこと言わないでくらはぃい」
王は、グリグリと両目をこする。
無性に悲しく、涙が止まらない。
「……どうかしたのか?」
向こうから来た生徒が立ち止まり、不審そうに眉をひそめた。
長身の女生徒で、髪は涼し気なショートカットだ。
スカートではなく、ズボンを履いている。
昨年、一年生ながら女子バスケ部のレギュラーを務め、学校祭では演劇部の助っ人で『ロミオとジュリエット』のロミオ役で名を馳せた生徒。
二年生の『
複数の芸能事務所からスカウトされたと噂される、校内きっての有名人だ。
「ああ、気にしないで。幼なじみに告って、ゴメンナサイされただけだから」
「なら、良いけど。君んとこの『占い研究会』にムリヤリ勧誘してるのかと思った」
「まさか。彼は、真島くんの中学時代の部活の後輩なの」
ヴィヴィアンが愛想笑いすると、
「ヴィヴィアンさん、おひりあいですか?」
「中学のクラスメイトでした。彼女……『
「この時代……?」
「そうです、アーサー王」
マーリンは軽く首を振り、嘆息する。
「アーサー王。あなたは妖姫モーガンの魔法で、千五百年以上も未来の異国に転生させられたのです。あなたに忠誠を誓った騎士たちも、あなたに引き寄せられ、この地に転生しました」
「何と!」
驚くべき事実に、王は目を剥く。
涙は引っ込み、アヴァロンの小舟に乗った記憶を思い起こす。
「モーガンは、余への復讐のために卑劣な手段に出たのか!?」
「さようでございます。我らが信じる神々の加護の届かぬ世界へ、我らは飛ばされたのです。この地で『宿敵』に抹殺されれば、加護なき我らの魂は消失します」
マーリンは頷き、ブレザーのポケットから平たい小箱を取り出した。
開くと、中には指輪が入っていた。
「百円ショップで買った物ですが、百二十日をかけて、ヴィヴィアンと一緒に魔力を注入しました。これをガウェイン卿の左手薬指に嵌めるのです。嵌めるのと同時に、『ログレス王国に栄光あれ』と二人で唱和して下さい。ガウェイン卿も過去の記憶を取り戻すでしょう。期限は、今日の日没前です」
――続く。
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