第4話 高校生女子が使う砲丸の重さは4キロらしい

「そんなことよりも」


 『奥名おきな 太陽たかあきら』ことガウェインは、『古水こすい 蘭澄かすみ』に手を差し出した。

古水こすいさん、バッグを持ってあげるよ。大野くん、君は実に気の利かない男だねえ。情けなくて涙が止まらないじゃあないか」


 ガウェインは、ランスロットのスクールバッグをサッと手に取る。

「一年一組まで送っちゃうよ。君はサッカー部の大切なマネージャーだ。サッカー部の女神サマだ」


 唖然と立ち尽くす王を尻目に、ガウェインはランスロットを連れて城に入る。


 王は何が何だか分からない。

 ランスロットは乙女に変身させられ、ガウェインはヘラヘラ尻軽男と化している。

 いくら邪悪な魔法に掛かっているとは云え、これはあんまりだ。




「……昼休みまで待ってくれ」

「え?」


 王は振り向く。

 バスの中で掛けられた男の声だ。

 

 見ると――自分と同じぐらいの体格で、自分同様に目に装身具を装着している。

 やや茶色を帯びた髪は、肩に付かない程度に伸びている。


「昼休みに説明するよ。アーサー王」

「待て、そちは!?」


「『真島まじま りん』……『マーリン』と言えば分かるかな?」

「なんと!」


 王は驚愕した。

 父ウーゼルの代より仕えてくれた偉大なる魔法使い。

 自分が王位を継げたのも、マーリンの助言あればこそだ。


「そなたも、ここに居たのか!」

 王は歓喜した。

「そなたと再会できるとは! 余の前から消えたのは、妖精の女の色香に惑わされ、のこのこ付いて行って岩の下に幽閉されたからだと聞いたぞ。だが、そなたが戻れば百人力だ」

 

「……とにかく、教室に行きましょう。授業に遅刻すると厄介です」

「そうか。労働が始まる時間に遅れると、鞭で叩かれるのだな。急ごう」


 おおいに気分が晴れた王は背筋を伸ばし、マーリンを従えて奴隷たちの中を足早に行く。

 目指すのは、三階の一年一組の教室だ。

 何となく――そこが行くべき場所だと分かった。



 



 奴隷労働は、王が思っていたのと違っていた。

 城中での使役だから、農業奴隷や鉱山奴隷よりはマシだと思っていたが、全員が椅子に掛けて、奴隷監督官から読み書きや計算を教わるのだ。

 この城は、貴族の子供たちの教育係を育成する場所らしい。


 見慣れぬ文字や言語、不可解な歴史を教えられるが、何となく理解は出来た。

 身体能力を試す試験では、重い鉄球を投げさせられ、砂場を飛ぶよう命じられた。


 男と女に分かれての試験だったが、ランスロットの一投目は鉄球を持ちきれずに落としてしまった。

 幸いにも鞭で打たれることは無かったので、王は安堵した。

 

 しかし――あのランスロットが、この程度の重さの鉄球を持てぬとは驚きだ。

 剣より重いとは云え、よたよた歩く姿に目を覆いたくなった。

 それでも、多くの男どもはフニャッとした幸せそうな顔で眺めていたが。



 

 試験後、王は体操着から元の奴隷服に着替え、教室に戻った。

 侍女から渡された食事箱を持ち、マーリンの先導で『屋上』なるやぐらに向かう。


 やぐらは広く平らで、周囲を金網で覆われている。

 脱走防止のためだろうが、監視の兵士は居ない。

 他にも奴隷たちが居り、数名ずつに分かれて食事を摂っている。


 王とマーリンも金網の前の木の椅子に座り、食事を広げた。

 マーリンの食事を覗くと、白パンに挟んだ肉と野菜と果実。

 自分のは、白い麦粒の粥?と肉と野菜。

 二本の細い棒が付いているが、これで食べるのだろう。

 初めて手にする棒だが、巧く使えたので嬉しい。



「……マーリンよ。詳しい話を聞かせてくれぬか?」

 王は奇妙な小さな赤い果実を摘まみ、眺めながら言う。

「ここは、如何なる国なのだ? ここに飛ばされたのは、我が異父姉モーガンの仕業なのか?」


「端的に言えば」

 マーリンは水筒の中のものを飲み、目の装身具を掛け直す。

「我々三人以外は、ログレス王国での記憶を失っているようです」


「三人だと?」

 王は眉をひそめ、マーリンを直視する。

 すると――マーリンはやぐらの出入り口を指した。

 

 そちらの方向から、長身の乙女が堂々と歩いて来る。

 皆と同じ奴隷服を着ており、前髪を切り揃えて、後ろ髪を高く結い上げている。

 乙女は二人の前に立ち、口を開いた。


「……アーサー王陛下。ご無事でいらっしゃいましたか」

「そなたは?」

「『御子柴みこしば あん』と申します。ログレスの妖精の一族で、ヴィヴィアンと名乗っておりました。ベンウィックのバン王の皇子ランスロットを養育した者でございます」



  

  ――続く。


 

 *********


 アーサー王伝説豆知識(3)


 アーサー王伝説には『湖の妖精』なる異界の乙女が登場します。

 名は「ニムエ」「ニニアン」などと表記されますが、19世紀のバーン・ジョーンズの書簡だったかな?

「彼女の名を、現代風に『ヴィヴィアン』と綴るように」と記していたそうです。

 

 そしてこの妖精は、数名が存在するようです。


 ・アーサーにエクスカリバーを与えた。

 ・マーリンの恋人。

 ・ランスロットを養育する。

 ・双剣の騎士ベイランに殺害される。

 ・エクスカリバーを回収する。


 これらの誰と誰が同一人物か、全員が別人かは不明。

 ランスロットを養育した妖精は、後に『円卓騎士団のペレアス卿と結婚して幸せに暮らした』そうです。

 ペレアス卿は、円卓騎士団の崩壊に巻き込まれず、生き残った数少ない騎士です。

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