第2話 エクスカリバーを奪われた!攻撃力が5に下がった!
「きゃははははははは!」
「やっぱ頭ネジれてる!」
侍女と少女は、腹を抱えて笑った。
自分の『名乗り』が変だったのだろうか。
王は立ち上がり、玄関ドアの向かいに走る。
細長い鏡があったことを、なぜか知っていたから。
「……うぬう」
王は、鏡に映る我が身に絶句した。
髪の色、瞳の色、顔立ち、年齢。
完全なる別人である。
「これは幻か? よもや、悪しき魔法ではあるまいな?」
と――ここで気付く。
死を悟った自分は、異父姉モーガン・ル・フェイの小舟に乗った。
舟の内側には、隙間なく魔術文字が書かれていた。
横たわって瞼を閉じ――開けたら、この有り様である。
改めて、己を観察した。
髭も威厳のカケラも無い、フヌケた情けない顔だ。
目の周りには黒い装身具がある。
耳に掛けているらしく、外すと周囲の輪郭がブワッとぼやけた。
どうやら、外さない方が賢明のようだ。
着ている物は、ゲルマン人っぽい短い白シャツ。
首から下がる青色の布ベルト。
細身の濃い灰色のズボン。
鎧下に着るキャンベソンにしては、生地が薄すぎる。
「
狭い回廊に、狭い部屋。
どう見ても、ここは『アヴァロン』の神殿ではない。
罠だと気付くべきだった。
異父姉は、自分を憎んでいたのだから。
そもそもは、父のウーゼル・ペンドラゴンが撒いた種である。
ウーゼルは、イングランド平定のために地方領主たちと戦った。
その中に、ティンタジェル公爵も居た。
だが、公爵は和睦を申し出、妻のイグレーネを伴って現れた。
ウーゼルはイグレーネに一目惚れし、彼女を奪うべく公爵軍に戦いを挑んだ。
公爵を倒したウーゼルは、側近だった魔術師マーリンの魔法で公爵に変身。
イグレーネを騙して床入りし、生まれたのが自分である。
しかし、公爵とイグレーネには二人の娘がいた。
姉のモルゴースと妹のモーガン。
この姉妹が、自分に恨みの矛先を向けるのは不自然ではない。
特に魔術を習得したモーガンは、執念深く自分と円卓騎士団を付け狙った。
出血を止める魔法の鞘を盗んだのも、モーガンなのだ。
警戒はしていたのに、最後の最後で油断した。
反逆した我が子を殺め、騎士団は壊滅。
致命傷を負った所に現れたモーガンが、癒しの巫女に見えてしまったのだ。
しかも……
「おのれ! 余の剣を盗みよった!」
小舟に乗っていた巫女たちに、エクスカリバーを渡してしまった。
何と迂闊な、と悔いても遅し。
剣を騙し取られ、貧弱男に変身させられ、狭い小屋に放り出されたのだ。
傷が全快していることだけが救いだ。
「お兄ちゃん、ゴハン食べないの?」
少女が怪訝そうな顔で近付く。
よく見れば、彼女のドレスも奇妙だ。
白シャツに紺色の衿、紺色の短いスカート、白い編み靴下。
農民の娘のドレスとも違うが……。
――突然、鐘の音が響いた。
「何の音だ!?」
王は壁に吊るしてあった赤い棍棒を取り、身構える。
同時に、扉が開いた。
「おはようございます……」
――開いた扉の向こうに、乙女が立っていた。
均整の整った身体付きで、王はその顔を見て肩の力を抜く。
とても淑やかそうで、楚々たる雰囲気だ。
腰まで届く髪を二つに結んでおり、大きな瞳で……棍棒を構える王を眺める。
か弱い乙女に棍棒を向けるなど、騎士にあるまじき行為である。
王は棍棒を置き、騎士らしく片膝を付いて謝罪した。
「美しい乙女よ、どうか御無礼をお許しください」
「……どうしたの、
乙女は首を傾げたが――
「カスミおねえさま!」
「……エリちゃん、おはよう」
王を「兄」と呼ぶ少女が駆け寄り、乙女に熱い眼差しを向ける。
少女は、乙女を慕っているようだ。
「ゲームのやり過ぎで寝てないんですよ」
少女は、ヒソッとささやく。
「……ごめん、ブレザー着て来る」
王は私室に踏み込み、ブレザーを羽織り、スクールバッグ背負って玄関に戻る。
そして、じーっと乙女を見つめた。
すると、記憶がフワリと浮き上がった。
彼女は『コスイ・カスミ』。
マンションの一つ上の階に住む幼なじみだ。
中学一年生の時に、両親と共に引っ越してきた。
大人しい性格だが、成績はトップクラスの秀才だ。
何とか同じ高校に合格し、こうして一緒に登校している……
ここで、急に閃いた。
唐突に、確信した。
雰囲気が全く違う。
違うどころではない。
だが、間違いない。
王としての勘がモノを言っている。
この乙女は、甥のガウェイン同等に寵愛した家臣だ。
「そなた……ランスロットか!?」
コスイ カスミ。
こすい かすみ。
古水 蘭澄。
彼女こそ、王妃ギネヴィアと許されぬ恋に堕ちた『湖水のランスロット』だった。
だが――王は、ゴクリと喉を鳴らす。
円卓騎士団最強の騎士だったランスロット。
しかし――
――続く。
*********
アーサー王伝説豆知識(1)
原典では、アーサー王には三人の異父姉がいます。
長女モルゴース、次女エレイン、三女モーガン。
エレインは、原典でもモブキャラなので出しませんでした。
エレインなるキャラは、他にも三人が登場。
・ランスロットの母。
・聖杯王の娘。
・ランスロットに恋した乙女。
聖杯王の娘はランスロットと契り、生まれた息子が聖杯騎士ガラハッドです。
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