アーサー王と円卓騎士団が高校生に転生したよ

mamalica

1章 アーサー王、覚醒する

第1話 アヴァロンの小舟に乗るんじゃなかった

 空を流れるは、漆黒の雲。

 空を染めるは、真紅の陽。


 ログレス王国を二分する戦いは終わった。


 大地に横たわるは、無双の亡骸。

 血に染まった旗。

 死臭を放つ長剣。


 そこは、勇猛なるき騎士たちの煉獄だった。

 或る者の瞳は大きく見開かれ、天の神を睨む。

 或る者の唇は血飛沫に塗れ、古き女神を呼ぶ。


 飛び回る烏たちを、王は虚ろに見上げた。

 大鴉の女神モリガンが、死者の魂を狙っているのだろう。

 

 彼らの魂は、どこに運ばれるのだろう――

 そこは、十字を背負う神の御子がおわす『天の国』か。

 それとも、古き女神たちがおわす『アヴァロン』か。


 

 王は、足元に横たわる哀れな男の名を呼んだ。

「……モルド……レッド……」


 仰向けに倒れた我が子の鎖かたびらは、どす黒い血に染まっていた。

 金色だった髪は血で洗ったように濡れ、泥と交じり合って血臭を放つ。


「……女神よ……」

 王は枯れた声で呻き、魔剣エクスカリバーを引き抜く。

 妖精が鍛えた鋼の刃はずしりと重く、我が子の血が溢れる。


 

 反逆者を殺した。

 王妃ギネヴィアを略奪しようとした我が子を殺した。

 王位を奪い、ログレス王国を手に入れようとした愚か者を殺した。


 

「……モルドレッド」

 今一度、我が子の名を呼ぶ。

 そして、亡き甥の名を呼ぶ。

「ガウェイン……どこに居るのだ? お前の警告を無視した報いだ……」


 昨夜――王は、忠実なるガウェイン卿の夢を見た。

 白銀の鎧に身を包んだガウェイン卿は、昔の若々しい姿で――けれど憂いに満ちた顔で言った。


「陛下、叔父上。モルドレッドと戦ってはなりません。戦えば、陛下の御命も断たれましょう。あと二十八日、お待ち下さい。さすれば、ランスロット卿と配下の騎士たちがこの地に駆け付け、陛下に勝利をもたらしましょう」



「しかし……ランスロットたちを追放したのは、余だ」


 王は苦悩と後悔に顔を歪める。

 異国の騎士ランスロットは、王妃と密通した罪人である。

 

 いや――王妃と彼の密通は、誰もが知っていた。

 だが、彼は王が率いる『円卓騎士団』最強の騎士だった。

 それに多くの騎士に慕われるランスロットを追放すれば、このログレス王国が崩壊することは目に見えていた。


 だが、密通が公になった以上は止むを得なかった。

 王としての名誉を守るため、彼を追放した。

 彼は故国のフランスに去り、王国の半数の騎士たちが追従した。


 弱体化した『円卓騎士団』は見る影も無く――そこをモルドレッドに突かれた。

 王位簒奪を目論む彼は義母の王妃との結婚を企み、実父たる王に戦いを挑んだ。


 ランスロットの救援を待たずして戦いは始まり、敵味方多くの騎士たちが討ち死にし、立っているのはただ独り――。



「我が気高き騎士たちよ……余も、そちらに行こうぞ……」

 王は呟き、血錆に塗れたエクスカリバーを右手で引き摺り、歩き出す。

 モルドレットの一撃で切断された左腕は――痺れて痛みは感じない。

 火で焙られるような熱さは感じるが、それもすぐ終わるだろう。


 

 烏たちが亡骸に降り止まり、不快な声を上げ、口ばしを動かす。

 血の泥沼は、地獄と化す。


 

 地獄を背負い、王は当所あてどなく彷徨う。

 ぬかるむ大地は、王の足を捕えようとする。

 騎士の亡霊たちが、我を見捨てるなと囁いている。




「……アーサー王……」

 涼やかな声が響いた。

 血臭の壁は崩れ、風が後方に押しやられた。


 王の足元に、清らかな水が染み出る。

 それはたちまち澄んだ泉となり、やがて大きな湖と化した。

 霧が辺りを覆い、樹々の香りが漂う。

 甘い林檎の香りも。


 

 湖の向こうから、白い小舟が近付いて来た。

 舳先に立つのは、モーガン・ル・フェイだ。

 異父姉にして、古き異教の魔術を使う女。


 青いローブと透き通ったベールを被った女は、両手に真紅の鞘を捧げている。

 かつて、エクスカリバーを収めていた魔法の鞘だ。

 出血を止める魔法が掛けられた鞘だ。

 

 王は微笑み、湖岸に足先を浸す。

 冷たさが肌にも伝わり、とても気持ちが良い。

 


 モーガン・ル・フェイの後ろに控えていた三人の女が立ち上がった。

 薄紫のローブとベールを被っており、年齢は少女から老女までと幅広い。

 彼女たちは、アヴァロンの巫女だろうか。



「愛しい弟よ、迎えに来ました」

 モーガン・ル・フェイは、よく通る声で言う。

 ベールの下の赤茶色の巻き毛が美しく渦巻いている。

 魔術師たる彼女は、未だ若さと美貌を保っていた。



 帆の無い小舟は、王の手前で速やかに止まった。

 巫女たちがエクスカリバーを受け取り、モーガン・ル・フェイは、王の左肩に鞘を当てる。

 熱さと疼きは消え、不思議と体が軽くなった。


 王は少年のように軽く地を蹴り、小舟に乗った。

 小舟は全く揺れず、老いた巫女が王の手を取って座らせる。

 小舟の内側には、古き魔術文字が青い染料で描かれていた。

 隙間が無いほどに、びっしりと。


 

 王は目を閉じ、そこに身を横たえた。

 その肩を、モーガン・ル・フェイが優しく抱く。

 心地良い手ざわりに、王は全てを委ねた。


 ――自分はアヴァロンに行くのだ。

 ――古き女神が住まう常若とこわかの国へ。

 ――甘い林檎が実る喜びの島へ。









 王は、鼻を動かした。

 林檎の匂いがする。


「あーくん、またゲームして寝てないのね」


 左肩を軽く叩かれ、首を伸ばして目を開ける。

 視界に入ったのは、白いクロス、焼き目が付いた四角いパン。

 大皿には、ベーコンと焼いた玉子と野菜が盛られている。


「……いただきます……」

 王は何となく呟き、手前のナイフを取った。


(……この肉切りナイフは、小さすぎるな)


 不審に思いつつ、当たり前のようにベーコンをパンに乗せる。

 給仕が見当たらないので、自分でやるしかないようだ。

 すると、呆れたような声が上がった。


「あーくん、何してるの? 食パンには林檎ジャムを塗ったでしょ?」

「林檎ジャム?」


 王は訊き返す。

 よく見ると、パンの上に林檎を煮詰めたような物が塗られている。


 いや、パンにベーコンを乗せるのは正しい。

 パンは皿替わりに使い、ベーコンだけを食べ、肉汁の染みたパンは犬に与える。

 ……犬はどこだ?


 王は、食卓の下に居るはずの猟犬たちを探す。

 だが――居ない。

 代わりに居たのは、白い猫だ。

 猫は「ニャン」と鳴き、足に擦り寄って来た。


「ここにもネズミが居るのか?」

 王は、侍女に訊ねた。

 猫は、ネズミ退治のために食料保存庫などに放っている。

 

 当たり前の質問をしたのだが――四十歳ぐらいの侍女は、大きく眉をひそめた。

 

「寝不足で、頭がイっちゃったのかもよ」

 向かいから声が掛かる。

 長い黒髪の少女が、パンを千切って口に入れた。


「お兄ちゃん、大丈夫? 自分の名前、言える?」

「うむ……」


 王は頷き、堂々と名乗った。

「余は、大野明生あさお緑黎坂りょくれいざか高校の一年生である」




 ――続く。




 ◇◇◇◇◇



 どうも、後書きです。

 突然思い付いた話で、取り敢えず形にしてみました。

 時間が足りないのに、何を書いてるんだ……。

 不定期連載の予定ですので、続きは気長にお待ち下れば幸いです。

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