第9話 英雄の証
—タビ村・北部—
「ぐぅ!? …はああああ!!」
「リナリアさん!?」
「はぁ…まだ、立てるッッッ…うっ…」
弾き損なったプニプニの蹴りがメリメリと私の左の肋骨を打ち砕いた。落ち着かない呼吸が一層苦しくなる。
「《
「ララリリ…」
「シエスタ!! 離れろッッ…!」
回復魔法を私に掛けた無防備な
「っあがッッッ…」
「リリリ! キシ!!」
顎を、顔の右側を凄まじい衝撃が襲った。悍ましいプニプニの不快極まりない笑い声が遠くに聞こえる。平衡感覚がなくなり、今いる場所が地面なのか空なのかさえ分からない…。
「…やああああ! きゃっ…あぁ…いやぁ……アアアアアアアアアアア!? 痛い!! 離してェェェェ!??」
杖を弾き飛ばされたボロボロの祈祷師は、プニプニに頭を鷲掴みにされ両足が宙に浮いている。ミチミチと骨の軋む嫌な音が聞こえて来る。
「リリリリリ! キシシシシシ!!」
「いたあああい!!イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタ——」
——グチャリ。
ばたついていたシエスタの足がだらしなく垂れる。彼女の中に詰まっていた色々なモノが彼女の足元で血溜まりになっていく。あ、眼球が……
「リリリリ〜」
震えて固まる子ども達の方を振り返るプニプニ。
「ロロロロ〜♪」
(なん…だ…?)
プニプニは次の瞬間、ボロボロのシエスタの亡骸を真っ二つに引き裂いて子ども達の方へと放った。血と臓物が子ども達を赤く汚し、彼らの瞳を絶望一色に染め上げた。
(こんな、外道を前にして…何故私の身体はピクリともしないんだ……頼む…動いてくれ……)
——父は、英雄だった。自分を守り友を守り…沢山の人々を守った。地方病で亡くなるその前日まで剣を握り、悪を討ち倒した。
『リナ、いつだって先ず最初に守らないといけないのは誰だと思う?』
『うーん…弱い人達!!』
父は私の頭をそっと撫でた。
『ぶっぶー、正解は自分自身だ』
『えー!! 自分だけ助かるなんて卑怯者だよ!! お父さんは卑怯者なの??』
『ハッハッハッハ! そう言われると、お父さんは確かに卑怯者かもしれないな』
『えぇー!! 卑怯者のお父さんなんてキライ!』
『そうだな! でも、卑怯者の方が人を助けられるんだ』
父は私の頭をワシャっと撫でた。
『えー、よくわかんない』
『ハハハ! いつかきっと、リナにも分かる日が来る。その時は…』
『そのときは?』
『自分の事ではなく、他人の事を考えるんだ。優しいリナならきっと——
圧倒的な力を持つ邪悪なプニプニの歩みが、ただ希望もなく震えるだけの子ども達に進んでいるのが見える。
「私は…英雄、にはなれんな…」
父の言葉の重みがよく分かる。自分一人守る力もない者がどうして他人を守れるだろう?
「非力な私では…生命の1つも燃やさねば……!」
父さんの様な、誰もを守れる英雄を目指して来た。だが…
「なんて弱いんだ…私は!!!」
「…ラリ?」
プニプニは心底不思議そうな表情で此方を覗いていた。同感だ、私自身何故立てているのかまるで分からない。
「力もない…大義もない…もはや理想像すらも…でも…」
「リリリ…!?」
プニプニが後退る、私如きを前に。
「たとえ…一秒すら稼ぐ事能わずとも!!
無様な死を迎えると知っても!!」
「《ロルルルリ》ィィィィィィ!!!」
景色が白く燃えてゆく…折れた剣に蒼く煌めく私自身の瞳が見え、左腕に何か温もりを感じる。
「…私ではない誰かに、希望を——」
私の全てが、醜悪な怪物の光線に包まれた。
「…リリリリ!! キシシ!! ロロロロ!!」
——灼けた大地を土煙と灰が覆い隠す。嘲笑か安堵か、悍ましいプニプニは1人高笑いを響かせている。
「ロッッッ!?」
左腕に宿っていた蒼い光の盾が消え去り、折れた剣に蒼く燃える魔法の刃が宿った。この力が一体誰のものなのかも分からない、だが感謝を。
「ああああああああああああっ!!」
「ギャアアアアアアアアアアア」
蒼く煌めく刃がプニプニの左眼を穿ち、そして燃え尽きて消えていった。弱者に負わされた傷が故か、圧倒的強者である筈の怪物は地団駄を踏み奇声を上げながら歯軋りしていた。
「…ありがとう」
私は誰にでもなく感謝していた。
「ルルルリッッッ!! ァイ、ロルロルリリ!! リリリィィィ!!!」
左眼から黒い体液を零し続けるプニプニは地にへたばる私を見下しながら呪詛の様な言葉を吐き続けていた。やがて爪が割れる程に握り込まれた拳が、私の頭を打ち砕く為に振り下ろされた。
「レリッッッ!!」
(父さん…私…)
風が吹き、拳のぶつかる音が目の前で小さく鳴った。瞼を開けると、待ち侘びた父と同じ背中のヒゲ男が立っていた。急速に緊張の糸が解けていく。
「…遅かったじゃないか」
「よく頑張ったね、リナリアさん」
「後を任せる…」
——
「任されたよ、ゆっくり休んでて」
鎧も剣も服も髪の毛も、全てがボロボロになったリナリアさんは眠る様に気絶した。辺りの惨状を見れば、誰もが一目で理解する。
「…君こそ、俺の憧れた英雄そのものだ」
「リリレ???」
「さて」
「ッッッンロ!?!?」
受け止めていた改造プニプニの手を思わず握り潰してしまった。奴さんは事態もわからぬまま只悶絶していた。
「ちびっ子にあんな事しちゃってね…お前」
「リロロロッッッ…アギ!?!?」
「黙ってろ、今どうしたら良いか考える」
折れてない方の手で殴り掛かろうと抵抗してきたもんで、思わず怒りに任せて両肩を粉砕してしまった。いかんいかん、ちびっ子どもの手前良くない…とは分かってるんだけどねえ。そのちびっ子どもにグロテスクな物体が掛かってるのがどうもね、抑え切れない衝動を起こさせるのよ?
「…よしっ! 陰気なお前さんは、もっとお天道様の光を浴びた方が良いな」
「ラリッッッ…!?」
「お天道様に包まれて改心してきな!!!」
「ロ——… 」
殺意を抑えた渾身の右ストレートを放心する怪物に叩き込み、奴さんを太陽目掛けて文字通りぶっ飛ばしてやった。真空波だけを残して空の彼方へと外道な奴さんは姿を消した。
ちびっ子どもも黙って空の果てを見上げていた。
「正義は必ず勝つ! ——てね?」
俺はちびっ子どもに親指を立てて見せた。
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