第5話 プニプニ

「おはようございます、アイレアさん…ネビュさん? どうしてそんな罪悪感満載な顔をなされているのですか?」

「股間がイカ臭くなる呪いを掛けられていてな」

「…」

「えぇ!? それって…その、生理現象では?」

「そんなわけなかろう」

「そ、そうですよ〜。スーテラさんたら〜♪」


スーテラさんの目が俺とアイレアを行ったり来たりしている。違うんですよ? 何もなかったんですよ?


「ゴホンッ…Eランクの1番いいクエストを頼みたいのだがね」

「…あぁ、はい! お2人は何だか貫禄もありますし…此方のグレイトプニプニの捕獲など如何でしょうか?」

「グレイトプニプニ?」

「プニプニの女王さ」

「あれ、お詳しいんですね…? 最近発見されたばかりなのに」

「昔から結構いた気がするけどねえ」

「…そうですか、ネビュさんがそう仰るのでしたら安心して任せられそうですね」


何か変な間が空いたけど、何で?


「しかし、グレイトプニプニ1体を捕まえてくるだけで4,000ダラーってのは他のクエストと違って随分割が良いんだな」

「依頼主はプニプニの生態を研究している機関ですので。追加でグレイトプニプニを捕まえてくれば同額の上乗せを弾んでくださるとも伺っております! お2人とも、どうか無茶だけはしないで下さいね」


依頼を無事に受注出来た事だし、早速向かうとします…って。何かまた例の杖を取り出してらっしゃるんですが、アイレアさん。


「掴まれ、右腕!」

「呼び名くらい安定させてぇや」


空間が僅かに震え、俺とアイレアを囲む空間だけが赤く紅く歪む。朝から飯を食べてるリッチな先輩方からの注目を浴びてしまう。


「何!? この魔力の質は!!?」

「何と禍々しい…!!」

「あれ何処のパーティ!?」

「『降臨センセーション』!」


閃光がギルド内を白く染め、俺とアイレアだけが目的地へと転移した。


————


「こんな穏やかな土地に何故偏光虎ミラージ・タイガーが…!? ぐわぁッッッ…うっ……」


左腕をやられた! クソっ、ただでさえランクの格差が酷いというに。止血したいが、今そんな隙を与えれば透明になっている奴に喉笛を噛み切られて絶命するだろう。


「『光よルクス』! …魔力ももう切れた…決着は互いに望むところか」


強化魔法を掛けたとはいえ隻腕の身で、出血も夥しい。次の一撃で決めるしかない。


「来い…」


目を閉じ周りの音だけに全神経を集中させる。どの道見えない相手を視るなど不可能なのだ。


……左から? ……右から? ……上から?

……下から? ……前? 

…………背後!


「そこだあああああ」


全身全霊の居合は、奴の尻尾を掠めて空を切った。視界が歪な牙だけに塞がれる。


「父さん…!」

「グオオオオオオ」 

「!? 紅い光の…槍?」


紅い稲光と多量の光彩の粒を纏った一条の光が天から降り注ぎ、偏光虎の半身を貫いた。

光の先にはローブを目深に被った人物と、困惑した表情を浮かべる無精髭の若い男が立っていた。男は私を見つけるなり駆け寄って来た。


「ほらアイレアさん!! 此方のお姉さん片腕吹き飛んじゃってるじゃない…少し染みるよ」

「うっ…おぉ、腕が…生えて来た?」


初めて見る黒いポーションを傷口に垂らされた途端、左腕が熱く脈動し植物の様に腕が生えてきた。開閉してみるが、問題なく動く。


「何て治癒能力の高いポーションなんだ!」

「そうねえ、治癒能力は確かにねえ…」


男は立ち上がると、ローブの人物を私の前に引っ張って来て頭を下げさせた。


「傷口から察するに、アソコの子猫・・に抉られた傷と見えるが…巻き込んで済まなかった」

「えぇ、ああ…むしろ助けて貰った身だ、謝罪など必要ない!」

「そうだろう! ほら、私に謝れオヒゲマン」

「非礼をお詫びしまー…オヒゲマンって誰なんですよ!!」

「喧しい奴だ、さっさとプニプニとやらを殲滅しに行くぞ」


ローブの少女(声が可愛らしい)とオヒゲマン殿は足早に此処を去ろうとしている。


「殲滅じゃなくて、ほ・か・く」

「何、そうか仕方あるまい。足の1、2本で勘弁してやろう」

「五体満足だっちゅーの」

「むぅ〜、ケチ!」

「あの!!」

「「ん?」」

「助けて頂き感謝する! 私はリナリア、この礼はいつか必ず…」

「要らん」

「えぇ!? 要らんのですか」

「姉さんが元気ならそれでイイって事よ」


振り返りもせずに御二人は消えてしまった。


「私もいつか…彼らの様に…」


左腕で太陽を掴む。


「今日の日の出は、とても綺麗だな…」


————


「この飛んでるカワイイのがプニプニか!」

「そうそう、んで認識阻害系の魔法を掛けてる杖持ちの一回り大きいのがグレイトプニプニってなわけよ。くれぐれも生捕りで頼みま…」

「魔眼解ほ…」

「オラァァ!!」

「!?」


俺は生まれて初めて女の子にアッパーを叩き込んだ。ま、魔王だし丈夫だしねえ、ノーカウントなんだわ!


「いきなり魔眼を解放しようとするんじゃねえ!! この辺一帯の生態系がそっくり無くなっちまうだろーさ」

「でも、生捕りって面倒くさいし」

「手加減すりゃええだけなんだぜ?」

「…どうやるのだ?」

「OMG!」


無駄に高火力な魔法ばかり使うなあとは感じていたが、どうやら新米魔王様は常に全力投球で生きてきたらしい。


「いくつよ?」

「15だが」

「ゔぇぇ!? 15!!?」


流石に成人前の女の子とは思わなかったが、やってしまった事が覆ったりはしない。


「と300歳だ」

「紛らわしいねえ!!」


無駄に寿命が減ったのを感じる。


「ん? 何だアイツ」

「あの人間みたいな奴の事か? あれがグレイトプニプニだな」

「…いや、全くの別物だ」


3本指の短い4本足をだらしなくぶら下げながら宙を漂い、丸い頭にクリクリのお目々を誂えた愛くるしく名前通りプニプニした小さな天使こそがプニプニだ。グレイトプニプニも杖を持っていて多少デカいくらいしか違いはない。


「2mはあるな…骨と皮ばっかりで肉がまるでねぇし…眼窩の部分が萎んでて…」

「キモい」

「うん…」


ヒトの姿に似ているからか、オブラートに包もうと思った矢先に鋭いフレーズが315歳児の口から射出されてしまった。


「ギャピピィィィィィィィィィ」

「あーあ、怒らせちゃった」

「あれは怒っているのか?」


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