第2話 ぼったくり冒険者ギルド

————


俺が着地したついでにベタベタにしてしまった祈祷師ヒーラーの若い女の子は仲間達の亡骸を埋葬し、冥福を祈り終えた。


「皆…」


冒険者ってのは報酬金が旨いとは俺が若い頃から言われちゃあいるが、殉職率50%を軽く超える危険に見合うかと言えば…ま、人次第だとは思いますけどね? 振り返った祈祷師の若い子は俺に手痛いビンタをくれた。


「…助けてくれてありがとうございました」

「本当に感謝してる?」

「私の命を助けてくれた事だけ・・には」

「複雑な気分なんですけど」


命の恩人にビンタとはねえ…まぁ、すぐ治っちまったんだが。


「ピリンキに行きたいんだが、この辺だよな?」


黄金飛翔軌跡グレイトフル・ムーン》は本来精密な軌道予測を必要とする高度な超魔法なんだが、学のない俺は大雑把な方角だけ決めておいて繰り返し跳躍する事で目的地へ飛翔する方法を取っている。無駄遣いと言われればそれまでだが、数字や活字が沢山並んでいると頭が沸騰する錯覚に陥っちまう。お前さん達も経験あるだろ? だからあんまり勉強とかしたくないのよな。


「ピリンキなら東へ10km程の距離ですが…」

「10kmか…1秒も掛らんな、よし!」

「あの、一応名前だけでも…」

「《黄金飛翔軌跡》!」

「きゃああ!? …いない。何者なの、一体? 《黄金飛翔軌跡》なんて魔法、学校の先生からも歴史の教科書でも聞いた事ないけど」


————


「何だ!? この風はドラゴンか!!?」

「衛兵を!! 誰か衛兵さんを!!!」

「ここが始まりの街・ピリンキか…随分賑やかだな」


着地をしくじったせいで何やら騒ぎを起こしてしまったが、《隠密の足跡シャドウ・ダンス》と《認識阻害カメレオン・マスク》のお陰で怪しまれずにピリンキに入る事が出来た。民家を2つ・3つ壊した様な気がするがコラテラルダメージという事で勘弁して欲しい。


「取り敢えず冒険者として仕事を受けて日銭を稼がんとですなあ」


手持ちの資金は救世主とは思えぬ程の素寒貧っぷりだ、ボロ宿に2・3日泊まったらそれで終わりってほどにね。次にシェスタ王国から依頼が来たら国家予算並みの報酬を前金でぼったくってやろうかな??


「しっかし、冒険者って何したらなれんのかねぇ〜」

「んん? 兄さん、冒険者になりたくて上京して来た口かい?」


子ども用の仮面を売っている屋台の親父が声を掛けてきた。何とも醜悪というか趣味悪というか、不気味すぎる面をつけた親父の声は凄く爽やかだ。


「ま、そんなとこさね。冒険者になるにはどうしたらいいんだい?」

「ハッーハッハ! 大方ヤンジャかチャンプから来たお登りさんだろう? 分かる、俺にはよ〜く分かるぞ!」

「アッハッハハハ…」


会話する相手を間違えたかな? 


「皆まで言うな! 冒険者のなり方は至ってシンプルだ。ピリンキの広場のど真ん中にある冒険者ギルドに行き、受付嬢のスラーヤに手続きして貰えば良いだけだ」

「おぉ! 至ってシンプルじゃあないか」

「登録料に5,000ダラー掛かるがな!!」

「5,000ダラー!? 俺の手持ち全部じゃねーか」

「何だ、足りているのか。面白くもない」


店主の親父は退屈そうに顔を背けてしまった。


「悪巧みに乗れなくて申し訳ないけど、情報は有難さん。親父」

「ふん、そう思うなら次は仮面の1つでも買える程度に稼いで来い。死ぬなよ、兄さん」

「小悪党なのか善人なのかはっきりしろよなー」


見渡すと開けた場所が見え、其方に歩いて行くと矢鱈に若者達が出入りする球状の建物が見えた。あれが冒険者ギルドに間違い無いだろうね。


「色々美味そうな匂いが漂ってくるけどもさ」


所持金はギリギリ5,200ダラー、不用意に使ってしまっては登録料を払えるか怪しい。ここは一旦無視だ。



「おいおい、Bクラスのクエストはいつになったらバカ魚の討伐以外が増えるんだ!?あぁ!?」

「お母さん…もう帰りたい」

「うっはっはっはー!! 我ら『剣聖団』Cクラス昇格に、乾杯!!」

「全く、最近の若い奴らは…」


ギルドの中はトゲトゲした肩パッドのモヒカン男、南の国の英雄のコスプレをした酔っ払い若者集団、頭を抱えて震える顔の良い兄ちゃん、歴戦の戦士を思わせる厳かな老人など十人十色な様相を呈している。


「俺が憧れた英雄像とは真反対だな…楽しそうで羨ましい」


金・酒・女…はあんまりいないが、200人程度はいるだろう内の8割程は夕方になったばかりながらベロベロに酔っ払っている。


「ま、本人達が良けりゃそれでね? 受付嬢ってのは…お?」


ギルドの奥側のカウンターでフードを目深に被った者が受付嬢らしき女の子を悩ませているのが見える。助け舟出しておいた方が恩を売れるかな?


「えぇと、新米のアナタにはまだA++ランクのクエストは受注出来ないのよ。どうしても」

「むぅー…この私でもか?」

「この私でもです」

「まあまあ、落ち着きなって旦那」

「? …貴様、一体」

「おおっと、敵意は無ぇって! そう剣を構えずとも良かろう?」

「…剣? 何もないけど…」


受付嬢を困らせていたフードのちっこいのが別空間から剣を抜こうとしていたので、魔力の出力を赤ちゃん以下に抑えた。フードのはそれを感じて剣を納めた。


「…無理を言ってすまなかったな」

「え、あぁ、いいえ」


フードのはカウンターに最寄りの座席に座って遠くを見つめる様な顔をしていた。ま、顔は口元までしかみえないんだがね。


「最近の若いのは血気盛んだねえ、身の上を超えた仕事を直ぐにしたがる」

「そうですね、世の常だとは思いますけどね。ありがとうございます…えぇと、ご利用は初めてですか?」

「ネビュだ、よろしくな受付の姉さん」

「スーテラです、ようこそ! ピリンキの冒険者ギルドへ」


スーテラ? 仮面の親父が言っていた名前とは違う様だが?


「登録でよろしいですか?」

「あぁ、大した手持ちじゃないんだが…登録料ってどのくらいかな?」

「登録料ですか? 一律で500ダラーですよ」

「じ、10倍もぼったくる気だったのかよ!!」


あの悪趣味な親父め!!


「…あぁ、仮面屋の親父さんとスラーヤですか。気をつけた方が良いですよ? 冒険者を増やしたくないが一心である事無い事吹き込んで回っているそうなので」

「そうするよ」


茶髪のおさげに健康的な肉付き。オレンジの給仕服と人当たりの良さに太陽の様な暖かみを感じる。日常生活をスーテラの様な明るい女の子と過ごせたら、きっと鬱屈する暇もない程に充実したものになるだろう。


「…ネビュさんは無免許・無資格なのでEクラス冒険者からスタートですね! 是非沢山の依頼をこなしてどんどん昇格していって下さいね」

「Eランクねえ…下から何番目?」

「1番下になります」

「おぉ…俺には丁度良いかな」


救世の勇者にはEランクが適当だな!!

…んなわけあるか。

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