アレルギー

西順

アレルギー

 世の中には様々なアレルギーがある。食物アレルギーは多岐に渡り、花粉症に苦しめられている人は少なくないだろう。珍しい所では水アレルギーなんて人もいるそうだ。


 だが私は私と同じアレルギーの人と出会った事も無ければ聞いた事も無い。医者も世界で唯一の症例だと言っていたくらいだ。


 何アレルギーかと言えば、空気アレルギーなのだ。正確にはアルゴンアレルギー。空気中に窒素、酸素に続いて3番目に多い物質だ。その割合は空気全体の1%程である。


 空気にたった1%含まれている物質のせいで、私は普通に呼吸をするだけで、目眩や頭痛、口腔内の腫れを引き起こして、一時間で死に至る。そんな人間、生きていけないだろうって? 私も生まれた時からアルゴンアレルギーだった訳では無い。


 アルゴンアレルギーになったのは、最近流行りの月への宇宙旅行から帰ってきてからだ。宇宙には当然だが空気がない。月にもない。その為、地球から空気を、と言うか酸素を持っていくのだ。医療用にも使われるアルゴンの入っていない酸素の中で、一週間の月への往復旅行から帰ってきてみたら、私は地球の空気を受け付けない身体となっていた訳だ。


 辟易している。酸素注入マスクが無ければ生きていけないから、基本的にベッドで寝たきり。食事をしようとしても口から摂取しようとすれば空気も取り入れる事になるので、栄養点滴である。75キロと太り気味だった私の身体は、一ヶ月で20キロも減ってしまった。


 しかし捨てる神あれば拾う神あり。この珍しい症例に興味を示してくれた企業が現れたのだ。それは医療機器メーカーではなく、宇宙関連の製造メーカーだった。正確には宇宙服を製造しているメーカーだ。


 成程。宇宙服を着込めば、私も外に出られるのか。と一瞬喜んだ私だったが、事はそう簡単ではない。まず現行の宇宙服は重いのだ。昔の宇宙服は120キロもあったそうだが、現在の宇宙服でもその半分の重さがある。大人一人を担いで重力下で日常生活を行うのは無理な話だ。


 しかし宇宙服メーカーは現在開発中の最新宇宙服の提供を約束してくれた。それは30キロを下回る重量で、酸素ボトルを一日一回取り替えるだけで、24時間活動出来ると言う夢のような宇宙服だった。


 だが彼らが困ったのは、どのように私に食事を摂らせるかだ。この問題は彼らにとっても問題点だったからだ。何故なら、宇宙飛行士の船外活動において、宇宙飛行士にどう食事を摂らせるかは宇宙服メーカーの命題でもあったのだ。現行の宇宙服では、ゼリーと水を搭載し、それを口元のストローで飲む形を採用している。しかし宇宙飛行士からは固形物を口にしたいとの要望が上がっていた。


 この問題の解決の為、宇宙服メーカーは宇宙服の胸部に薄型ケースを装着し、その中に固形のエナジーバーを収納する方式を採用した。胸部を叩くとそのケースからエナジーバーが一口分飛び出す仕様だ。エナジーバーは特別な工場で生産しており、その生産工程で空気は全く含まれていない。


 嬉しい話だ。その最新の宇宙服が私の病室に持ち込まれた日、私は寝たきりで虚弱になった身体で、その宇宙服をいそいそと着込むと、一年ぶりに固形物が口に出来る! と胸部のケースを叩く。


 出てきたエナジーバーを口にした私は、そのナッツの感触と味に恍惚となりながら嚥下し気絶。生死の境を彷徨った。私がナッツアレルギーだったからだ。そこは病院とメーカーですり合わせておいて欲しかった。

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アレルギー 西順 @nisijun624

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