第8話 血縁
「では、貴方も襲撃者について心当たりはないのですね?」
翌朝一番、レオンハルトは学術院の最高責任者、学院長ディアナ・カーライルからの呼び出しを受けた。
現在帝国では三つの大公家と三つの公爵家が対立する形で政治を動かしている。
細かい方向性はそれぞれ異なってはいるものの、概ね大公家一派は親皇帝派、三公爵側は反皇帝派といえる。
ディアナ・カーライルはその帝国において、第二大公家の当主を勤めているという女傑だ。
そんな大公家の当主が学院長を兼ねているのは、学術院と言う帝国の頭脳の中枢を担う機関を、可能な限り皇帝側に置くための措置なのだろう。
ディアナは長い黒髪を後ろにまとめ、これもまた黒いロングのワンピースを身にまとっている。
年の頃は初老。恐らく四十を超えて少しした辺りだ。
二十四歳のレオンハルトからすれば、ほぼ母親に当たる年ごろと言える。
ディアナは座席に座ったまま、レオンハルトに向けて言った。
「しかし妙ですね。
貴方ほどの人間が襲撃者を捕らえられなかったとは。」
静かな、そして冷ややかな視線がレオンハルトに向けられた。
レオンハルトは、その視線を真っ正面から受け止め、口を開く。
「弁解するつもりはございませんが、何分かなりの手練れでした。
夜陰に乗じ撒かれてしまったことは、自分の不覚です。」
「本当は解っているのではないのですか?」
「質問の意図が解りかねます。」
「貴方が襲撃者の正体を明確に知っているのではないかと、疑っているのです。」
「……。」
レオンハルトは静かに瞳を閉じた。
ここでヒュウガの事を明かすべきか否かを、天秤にかける。
そんな考えを、ディアナの言葉が遮った。
「良いでしょう。その件は不問にします。
私が今回貴方を呼び出したのには、別の理由がありますから。」
「別の理由?」
「ええ。ランドルフ・カウフマン、彼を監視して欲しいのです。」
「監視?」
「その通り。
現在、親皇帝派と反皇帝派の関係が悪化しているのは理解している事でしょう。
どうもこの状況に乗じ、学術師の一部の人間が反皇帝派……それも三公爵に取り入ろうとしているような節が見受けられます。
中立の立場を表明している貴方ならば、疑わしい人間の監視にうってつけだと考えましたが、どうか?」
先ほど以上に、もはや冷徹とまでに言える視線を、ディアナはレオンハルトへ送っている。
だが、レオンハルトも全く物怖じすることなく、ディアナに向けて言い放った。
「お断りします。」
「何故です?」
「先ほど学院長が仰った言葉ゆえです。
自分は中立の立ち位置です。
そういう事は親皇帝派の学術師にやらせればいい。」
ディアナは目を閉じで、そっとため息をつく。
背もたれに深く身を沈め、レオンハルトに言った。
「それでは駄目なのです……。」
「駄目……と言うと?」
「試した結果、何度か誣告や買収が行われました。
嫉妬などによる偽りの告発、金銭を握らされ言を翻した証人。
比較的誠実と思われた人間に任せたはずがこの有様です。
本当に信頼できる人間でなければ、監視役が務まらないのは解るでしょう?」
レオンハルトは渋面を作り、ディアナに尋ねた。
「学術院はそこまで腐敗しているのですか?」
「腐敗と言うほどではありません。
今の時世を鑑みた上で学術院の規模を考えれば、まだ健全と言えるレベルです。
政治中枢に取り入ろうとする連中から見たら、こんなものはまだ『子供のおままごと』と言えるでしょうね。」
椅子がキシリと音を立て、彼女は立ち上がる。
ディアナは窓際へと歩を進めた。
ガラス窓からは初夏の日差しが差し込んでいる。
「私は三公爵に力を与えるつもりはありません。
そのためならば、どんな非情な手段も採るでしょう。
身内である貴方には、その駒になってもらいます。
よろしいか?」
身内――レオンハルトは第二大公家、その直系の血筋にあたる人間だ。
ディアナ・カーライルの弟、ギルベルト・カーライル。
レオンハルトはこの人物を父と持ったものの、その男は彼の母と男女の契りを結んだ後、行方をくらました。
ただ責任を逃れるために遁走したならまだしも、その行方は二十有余年過ぎた今をもってすら杳として知れない。
不思議な因縁だ。
そのギルベルトもまた、魔導士であり学術師だった。
さらには彼の風貌も父親と瓜二つ。学術師となり、初めてディアナと謁見した際には、彼女が卒倒するぐらいに驚いたほどだ。
そして二年前、彼は謎の失踪から舞い戻った時、左腕を失っていた。
そう……ギルベルトと同じように……。
レオンハルトも覚悟を決めた。
「貴方がそう言うということは、それだけの覚悟があるということでしょう。
解りました。その役目、引き受けます。
ただし条件が一つ。」
「何か?」
「三年です。三年経ちましたら、自分は学術師の職を辞し、野に下ります。
それをお認めください。」
「良いでしょう。」
ディアナは短くそう言うと、窓の外に目を向ける。
その後ろで、レオンハルトは軽く一礼し、学院長室を出ていった。
『身内』……その一言が心を抉る。
レオンハルトは瞳に哀しみを浮かべたが、それを振り払うように顔を上げた。
自身の誇り、研究者としての矜持。それを思い出すための場所へ向けて。
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