第7話 決意

「今帰った。」


 レオンハルトは、暗い家の中に向けてそう言った。


 帝都二等地の一軒家が彼の家だ。

 部屋は数室。一人で住むにはやや広い家。研究室と遺物の管理をすることを考えれば、やはり少し狭い家。


 そんな家に彼は帰ってきた。


 家の奥から白銀に輝く『何か』が宙を滑るように現れた。


「おかえりなさい、レオン様。

 結構飲んできたみたいですね。」


 少年のような軽やかな声で話しかける『何か』。


 大きさは人の上半身ほど。

 楕円体の頭部らしき部分に、二つの縦長な楕円の目が、緑に輝いている。

 下半分は角を取った角錐状になっており、櫂のような二枚の板が、まるで左右の翼のように上を向いている。


 コム――Communicate Operation Module。


 彼が義手と共に持ち帰った、謎のマシン。


 コム自身は、自らをコミュニケーションマシンとして考えて欲しいと言った。

 事実、コムは高性能の人工知能を持ち、一通りの会話は難なくこなす。さらには冗談や軽口を叩くこともあるぐらいだ。


 二年間、レオンハルトはコムの観察を続けていた。研究はそれからでも遅くないと考えたのだが、その性能の奥深さについては、想像以上の状態が続いていた。


 そんなコムに向けて、レオンハルトは語りかける。


「飲んではきたが酔ってはいない。

 どうにも今日は酔えん酒だった。」


「昨夜の一件ですか……。」


「ああ。」


 玄関ホールのスタンドに、マントをひっかけ、制服の詰襟を、パチンと外す。


 コムの目がチカリと光り、家の明かりが灯った。


 廊下を進み、寝室へと入る。


 レオンハルトは制服姿のまま、簡素なベッドへと倒れこんだ。


「解ってはいるのさ……。」


 天井を向いたまま、レオンハルトはコムに向けて言葉を投げかける。


「彼女が間違っていることも、そして同時に、自分がいつまでも引きずり過ぎているということも。」


「だったら、それをぶつければ良いのでは?」


「解ってはいても納得はできん。多分彼女も同じだろう。

 それも解っているから悩ましい。」


「理性と感情の綱引きですね。」


「そういう事になる。」


 レオンハルトは大きくため息をつく。


 コムが言葉を発した。


「レオン様はどうしたいんです?」


「俺か?」


 彼ははムクリと起き上がり、うつむいて言葉を続けた。


「俺は彼女を救いたい。

 俺のこんな命が欲しいならくれてやってもいいが、それが彼女のためになるとは到底思えん。

 そのための方針を、今から考えなければならないだろうな。」

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