第1幕-帝都-
第1章-レオンハルト・フォーゲル-
第1話 宵闇に舞う
宵闇の帝都。その空を建物の屋根伝いに駆ける二つの影があった。
一つは黒い詰襟の服を着た青年。もう一つは黒いロングコートを着た狼の
詰襟の青年は時折、虚空を蹴るような形で空を駆け抜けている。
魔法だ。
空を蹴り、自在に空間を駆け抜ける『天翔』の魔法。
それを自在に操る青年は、魔導士と呼ばれる存在なのだろう。
月が徐々に上り、辺りをうっすらと照らし始めた。
青年の髪がアッシュブロンドにたなびいた。
整った顔立ちの中、琥珀色の瞳が強い意思を秘め、輝いている。
青年の名はレオンハルト・フォーゲル。帝都にも名を響かせる学術師だ。
そんな彼の前を行く獣人の姿が明確になってきた。
黒いロングコート、狼の顔に、黒の髪を伸ばし、口周りは白の毛。
チラリと後ろを見やった目には刀傷。
レオンハルトは、その顔に見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。
己の命を救い、そして散っていったはずの親友の顔だ。
「待て! ヒュウガ!!」
さらに強く虚空を蹴り、組み伏せるかのようにその身体へ取り付いた。
勢いがつき、もつれ合った二つの身体は、屋根を転がり地面へと落下していく。
とっさに離れ、体勢を立て直す二人。
かなりの高さにも関わらず、怪我一つすることなく大地へ降り立つ。
裏通り。人の気配もない。
レオンハルトは親友であるはずの男に向け叫ぶ。
「なぜだ……なぜ、教授を襲った!?」
ヒュウガと呼ばれた獣人の男は、表情を変える事なく静かに答えた。
「言うわけにはいかねぇな……。
お前ぇは学術師だ。あのオヤジとつるんでる可能性がある。」
「つるむ? 何の事だ!?」
「わかんねぇならそれでいい。
だが、そうだとしたら俺の邪魔をするな。
ダチでも容赦はしねぇ……。」
ヒュウガはそう言うと、緩やかに、だが確実に力を込めて戦いの構えを取る。
「待て、俺たちに戦う理由など……。」
「ソッチになくとも、コッチにはある。
お前ぇは俺を見逃しちゃくれねぇだろう?」
言ったが早いか、ヒュウガは数クラムの間合いをひと息に詰め、猛然と拳を突き上げてきた。
紙一重で躱すレオンハルト。その拳の鋭さに前髪が何筋か切り裂かれた。
ヒュウガの攻撃は続く。裏拳、フック、回し蹴り、足刀……流れるような連携でレオンハルトを追い詰めていく。
レオンハルトの背中に抵抗があった。レンガの壁が彼の動きを封じる。
「コイツでっ……!!」
ヒュウガは右拳を大きく引き絞った。そして蓄えた力を一気に放ち、渾身の正拳をレオンハルトの顔面目掛けて叩きこむ。
だが、その拳は空を切った。レオンハルトの身体は、その拳を躱す形で大きく沈み込んだのだ。
バネのような勢いで右足を真上に蹴り上げ、反撃を見舞うレオンハルト。
この一撃を、ヒュウガは間一髪バク転で躱す。
彼は感心したかのように言う。
「さすがだな……。
ちっとばかり痛めつけてその隙に、と考えたが……、
やっぱそれじゃ埒が明かねぇ。」
二人の間に漂う緊張感が再び頂点に達した時、砂を蹴って駆け寄る音が聞こえてきた。
足音の方へと目を凝らすレオンハルト。
そこには牡牛の角を持った女がいた。皮鎧に身を固め、まさに身の丈はあろうかと言う大斧を携えて彼の顔を睨みつけている。
「君は……!?」
レオンハルトには記憶があった。
十年前に起きた事故、その忌まわしい記憶。
その時、牡牛の角を持つ少女を救ったという記憶。
彼女に間違いない。十年の歳月が経っても、面差しは残っている。
だが、彼女の口から出た怒号は、そんな記憶を微塵に吹き飛ばすものだった。
「レオンハルト・フォーゲル……お前を殺す!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます