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「所長!!何で担当変わったらダメなんですか!?」
翌日、所長に担当変更の話をすると即却下された。
「見れば分かるだろ、今うちの事務所はめちゃくちゃ忙しい。
新しい人を募集してるから入ってきたら変わってもいいから。」
「それじゃあ意味ないですから!!
あんまり難しくない顧問先ですし、他の先生達も大丈夫ですよ!!」
デスクで忙しそうに仕事をしている所長に言うと、所長が小さく吹き出した。
「だからカヤを担当につけたんだろ。
法人ならまだしも個人の案件だしな。
簿記の資格しかないお前でも主担当になれるだろ。」
「それはそうだと思いますけど・・・。」
渋る私を所長がチラッと見てきた。
「あの客の親御さんに良くして貰ってるんだよ。
独立した俺に客を紹介しまくってくれてて。
だからこれだけ忙しくなってるのも事実だけどな。」
「その息子さんが担当を変えてくれって言ってきたんですよ?」
「同じ高校出身なんだろ?
お前この前そう言って嬉しそうにしてただろ。」
「でも、向こうは変えて欲しいそうです。
高校の時に最後に少し色々あって・・・」
「なんだよ、告ったのか?」
所長にそう言われそれには無言になる。
そんな私を所長が驚いた顔をして資料から視線を上げた。
「ダメだったのか?」
「はい・・・。」
「お前が?」
「はい・・・。」
「カヤがダメなことなんてあるのか・・・?」
そう聞かれてしまって、それには泣きそうになった。
泣きそうになっている私に所長は焦った顔をして、そして小声で言ってきた。
「お前、色んな未来が分かるだろ?
それでも告ったのかよ?」
*
その日の夜、広い我が家の廊下を歩き扉の前に立つ。
そして迷わずにお姉ちゃんの部屋の扉をノックした。
「はい。」
低い男の人の返事が聞こえてきて私は扉を開けた。
お姉ちゃんはベッドで寝ていて、お姉ちゃんの彼氏である元気君がデスクでノートパソコンをしている。
「相談があるんだけど。」
「誰に?」
「元気君に。」
「誰が?」
「私が。」
「・・・いやいやいや、カヤちゃんが俺に相談とかないっしょ!!」
そんな返事をしながら爆笑していて、それに釣られて私も笑ってしまった。
「恋愛相談。」
「それこそないっしょ!!
知ってると思うけど俺何もアドバイス出来ないから!!」
お姉ちゃんと普通ではない恋愛をした元気君が爆笑し続けていて、私も笑いながらお姉ちゃんの部屋に入った。
「俺の部屋でする?
美鼓ちゃん寝てるし。」
一部屋を間借りしてこの家に一緒に住んでいる元気君が、寝ているお姉ちゃんのことを優しい顔で見下ろしている。
「お姉ちゃんが不安になったら可哀想だからここで。
元気君爆笑しないでよ?」
「マジか・・・我慢出来るかな・・・。」
そんなことを真顔で言ってきて、それには私の方が大笑いしそうになる。
楽しい気持ちになったその勢いのまま元気君に言った。
「私の好きな人には、他に好きな女の子がいるの。」
「それは辛いやつ。」
「それはそこまで辛くないよ。」
「そうなの?」
「うん。」
不思議そうな顔をしている元気君に私は苦笑いをしながら伝えた。
「私の好きな人は私と付き合うことになるみたい。
今好きな女の子がいて、その子を部屋にも入れてて、そんな子がいるのに私と付き合うことになるみたい。
それが分かってしまうのが辛い。
ニャンのその女の子への気持ちはどこにいっちゃうんだろう?
その女の子はニャンのことをどう思ってたんだろう?」
「ちょっと1回待って。」
元気君が片手で私のことを制止した。
「途中で出て来たニャンに気になって他の話がぶっ飛んだ!!
ニャンって何!?」
「あだ名みたいな・・・。」
「めっちゃ面白いじゃん・・・っ」
元気君が必死に笑いを堪えていて、その姿を見て私も笑えてきてしまった。
「23歳の夏の夜、ニャンと再会することは分かってた。
それを私は凄く凄く楽しみにしてて、ずっとずっと楽しみにしてて。
ずっとずっと・・・好きだった・・・。
付き合えることが分かってたから。」
「ニャンに他に好きな女の子がいることまでは分からなかったんだ?」
「うん、全てが分かるわけではないし当てようと思って当てられるものでもないから。
ただ浮かんでくるだけ。」
そう答えてから幸せそうに寝ているお姉ちゃんのことを見た。
「ニャンの好きな女の子はどうなっちゃうんだろう。
その女の子はニャンのことをどう思ってたんだろう。
ニャンは・・・私のことは全然ないって言ってた。
それなのにこれからどんな流れでニャンと付き合うことになるんだろう・・・。」
そう呟いてから自分の両手で自分の腕を抱き締めた。
「怖い・・・私はこのよく分からない力が本当に怖くて・・・。
分かってしまうから回避してしまうこともあるし、回避しようとしても強制的に決められているような未来もある・・・。
松戸会計にニャンが顧客として現れてしまった。
私ではない担当に変えようと思っても変えられなくて・・・。」
言葉を切ってから元気君のことを真っ直ぐと見た。
「元気君だったらどうする?
こんな状況だったら、どうする?」
「神様に感謝してありがたく好きな相手と付き合う!!!」
元気君が元気に即答し、気持ち良すぎるその答えには自然と両手を下ろした。
私の両腕から私の手の熱がスッと消えていく。
「神様なんていないよ?」
「それ美鼓ちゃんもよく言ってる!!」
「だって私とお姉ちゃんの願いは叶えてくれない・・・。」
笑いながら、でも泣きそうになりながら元気君に言った。
「何度も何度も何度もお願いしたのに・・・。
こんな変な力なんてなくしてくださいって、何度も何度も何度もお願いしたのに・・・。
お小遣いもお年玉も全部賽銭箱に投げ入れてお願いしたのに・・・。」
そう言った私に元気君は少しだけ驚いた顔をした後、優しい優しい顔で笑ってきた。
「でも、だから俺は美鼓ちゃんと会うことが出来たからな。」
「それはそうだけど・・・。」
「まあ、でもカヤちゃんは美鼓ちゃんよりも強く色々と分かるみたいだから。
それに、分かったうえで“普通”を装って生きているくらいだからね、美鼓ちゃんとは違う大変さなんだろうね。」
「私は知られたくない・・・。
変な目で見られるに決まってる・・・。
頭がおかしいと思われるに決まってる・・・。」
「ニャンもそういう人なの?」
そう聞かれ・・・
「昔はそういう人じゃなかった。
でも今はきっとそう思うと思う。
だって全然違った・・・。
ニャン、私のことを見る目が全然違った・・・。」
「他に好きな女の子がいるからじゃない?」
「そんなの分かってるよ!!!」
大声でそう叫ぶと・・・
お姉ちゃんがゴソゴソと動き出してしまった・・・。
大きな会社で働いているお姉ちゃんは前よりももっと疲れやすくなっているように思う。
それでも幸せそうなのは・・・
私の目の前でお姉ちゃんのことを心配そうに見下ろす元気君を見て、心の中でいるはずもない神様に感謝をした。
「全部神様のせいにすれば?」
元気君が楽しそうに笑いながらそう言ってきて・・・
「神様なんていないなら、どうせなら全部神様のせいにしておけばいい。
この世界の不幸なこと全ても神様のせいだって、そう思っておけばいいよ。」
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