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土曜日、夕方
「あ、巫女さん。いらっしゃい。」
うちのすぐ近くにある商店街、“ゆきのうえ商店街”にある本屋さんに入ると、店主のおじいさんが私のことを“巫女さん”と声を掛けてくれた。
そして・・・
「この前頼まれてた本、取り寄せてみたよ。」
そう言って優しい笑顔で笑い掛けてくれ、税務関係の2冊の本を見せてくれた。
「ありがとうございます~!
こういう専門書を多く置いている本屋さんがなかなかないので本当に助かります!!」
本を受け取り中身をパラパラと見てみる。
「うん、そうそう。こういうのが欲しくて。
ネットで頼んでも中身が思ったのと違う場合が多くて。」
そう言ってお財布を出そうとした時・・・
「うちの店は立ち読み禁止だけど。」
鋭い女の人の声が聞こえてきて思わずビクッと反応してしまった。
見てみると、この本屋さんの娘さんである板東さんが笑いながら立っていた。
「あの神社の巫女さんだからって私は見逃さないよ~。」
そんなことを言いながら笑っていて、それには苦笑いをしながらこの板東さん・・・再婚してから須崎さんとなった女の人のことを見る。
50代とは思えないくらいに美人で土曜日なのにスーツをビシッと着ている。
「ちゃんと買いますから!
ここのおじいちゃん、欲しい本の要望を伝えたら毎回必ずピッタリの物を取り寄せてくれますから!!」
「よかったね、お父さん。」
須崎さんがクスクスと嬉しそうに笑い、「毎度ありがとうございました」と言って旦那さんと暮らしている2階へと上がっていった。
その後ろ姿を見えなくなるまで眺めていると・・・
「お金はまた今度にしようか?」
と、おじいさんから言われて慌ててお会計をした。
*
その2冊の本を両手で抱き締めたまま向かったのはニャンが住むマンション・・・。
その向こう側にある土手。
腕時計を見ると19時。
夏の空は段々眠る準備をしようとしている。
土手の芝生の上、ニャンが半袖とスウェットのズボン姿であぐらをかき、その空を見上げている。
その姿をしばらく立ったまま見詰めた後、ニャンから少し離れた隣に私も座った・・・。
そしてそのまま30分、1時間、2時間・・・
そのくらいの時間が経った頃・・・
「・・・うわっっ!!ビビった!!!」
ニャンの大きな大きなリアクションが聞こえた。
「会長!!いるなら声掛けろよ!!
あー・・・これは寿命縮んだ・・・。」
ニャンが少し怒りながらも笑っていて、その笑顔を見ながら私も笑った。
「何でこんな所にいるんだよ?」
「ニャンがいるかなと思って。」
「俺とここに来たことないよな?」
「ニャンがいるかなと思ってなんとなく。」
私がそう言うとニャンが無表情になり私の顔をジッと見てきた。
「俺に何の用?」
「仕事の話。
担当は変えられないって松戸が言ってたから、その話を直接話したくて。」
「そうなんだ・・・。
月曜日に俺から松戸さんに直接話してみる。」
そう言われてしまい、立ち上がったニャンを追いかけるように私も立ち上がった。
「あのね・・・!!」
私が叫ぶと歩こうとしていたニャンが立ち止まった。
それでも私のことを見てくれることはない。
「私、嘘ついてた。」
「嘘?」
ニャンがやっと私のことを見てくれ、ニャンに深く頷く。
「私は税理士の資格も会計士の資格もない。
あるのは簿記2級の資格くらい。
入社1年目だし他の先生達の補助みたいなことしかまだしたことがなくて、仕訳とかの入力は早いけど簡単な決算書の作成や簡単な申告書の作成くらいしかしてない!!」
「そうなんだ?」
私の言葉にニャンが少しだけ笑い、ポケットに両手を入れて私のことを真っ直ぐと見詰めてきた。
そんなニャンに小さく笑いながら、両手で抱き締めていた本を強く抱き締める。
「私が主担当となる初めてのお客様はニャンなの。
他の先生達みたいに知識も経験もまだないけど、時間だけはあるから。」
ニャンのことを真っ直ぐと見返しながら伝える。
「今の松戸会計では私が1番ニャンに時間を作れる。
ニャンの為だけに時間を掛けられる。
朝も昼も夜も、ニャンが何処にいようと、何をしていようと、私はニャンの所に向かえるから。」
「何をしていようと・・・?」
ニャンが小さな声で聞いてきた。
「今、俺が何をしてるか会長知ってる?」
「それはこの前も松戸とヒヤリングしたから。」
「その後に俺のことを調べたりした?」
「それはしてないけど、した方がいい?」
私が聞くとニャンが少しだけ悩んだ様子になり、首を横に振った。
「俺さ、会長に謝らないといけないことがあって。」
「この前も言ってたよね?何?」
「何て言ったらいいやら・・・。」
ニャンが困ったように笑っていて、それからすっかり暗くなった空を見上げた。
「やっぱり、まだ言いたくない・・・。」
そう呟いた後に私のことをまた真っ直ぐと見てきた。
「もう暗いし家まで送る。」
「そんなことニャンから初めて言われた。」
「俺も大人になったしそれくらい言うだろ。」
「そっか・・・。」
土手をニャンと並んで歩きながら、ニャンが住むマンションを眺めた。
「好きな女の子は今部屋にいないの?」
「いるよ。」
その返事を聞いて・・・
私は思わず立ち止まった。
そして笑いながらニャンに言った。
「それなら早く帰ってあげなよ。
まだ9時だし、夏の夜だから私はまだ大丈夫だから。」
ニャンを見上げながらそう伝えた時、ニャンの腕に蚊が止まったのが街の灯りで見えた。
その蚊を払おうとニャンの腕に手を伸ばした・・・
そしたら・・・
バ─────ッッッ
と、私の手を勢いよく払われて・・・。
それには驚きニャンを見ると、ニャンが凄く怖い顔で私のことを見下ろしている。
「俺に触らないで。」
「ごめん・・・蚊がいて・・・」
「そんなのどうでもいいから。
とにかく俺には触らないで。」
そう言われてしまって・・・。
「やっぱり1人で帰って。」
私に背中を向けて早足で歩き始める。
「担当のことは分かったから。
仕事以外で俺に関わってこないなら会長が担当でもいい。」
そう言って、ポケットに両手を入れて夏の夜の下を早足で歩いていった・・・。
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