第13話 髪
広々とした部屋の中心に大きな布が敷かれ、その上に華奢な椅子が鎮座している。
フィオナがおずおずとその椅子に座ると、剃刀を持ったひょろ長い金髪イケメン男性がフィオナの体に白い布を巻きつけた。部屋の隅にあるソファではセリーヌ・シモン公爵夫人が座ってお茶を飲んでいる。
(・・その、あれだ。前世、美容院で掛けてもらってたケープみたいな感じ?)
「はじめまして~、パスカルと申します。あ~ん、超美少女!こんな美少女の坊主頭なんて、それだけで興奮するわぁ!堪らない~」
金髪イケメンの口から何か不穏な言葉が出てきたが聞こえないふりをする。
「頭の形も良さそう!髪も艶々なめらか!奥様、ちょっともらっていい?」
「駄目よ。パスカル。一筋の髪も失くさないように気をつけて。」
「ざんね~ん。分かったわ。は~い、動かないでね。」
パスカルは踊るようにフィオナの髪にハサミを入れていく。最初にざっくり切った後に剃刀で剃っていくのだ。サクサク髪を切る音もショリショリ剃る音も心地よい。
パスカルは腕の良い美容師(?)に違いない。あっという間に髪がスルスルと布の上を滑り落ちていく。
フィオナはそれを複雑な思いで眺めていた。
「あなたの髪を全部剃ってしまいたいのだけど宜しいかしら?」
セリーヌがそう言った時、フィオナは一瞬言葉を失った。
しかし、説明を聞いて納得した。この世界では、前世のGPSのように魔法で追跡子をつけて居場所を特定するシステムが普及している。髪に追跡子をつけることが最も一般的で簡単な方法らしい。
フィオナの髪にも追跡子の痕跡があったので、敵に居場所を見つけられないように髪を剃らせて欲しいというリクエストであった。髪が生えかわると追跡子の効果は薄れて、いずれ無くなるそうだ。
フィオナとしては侯爵に捕まることは何としても避けたい。そのためなら『もう坊主でも何でもして下さい』という気持ちであった。
あの男にまた拘束されるなんて耐えられない。
「は~い、できたわよぉ」
パスカルが体に巻きつけられた布から髪の一本一本を払い落していく。
髪の毛が全て布の上に落ちたのを確認すると、パスカルはフィオナが立ち上がれるように手を貸した。
「フィオナ、ありがとう。後は任せておいてね!」
セリーヌは床に敷いた布で落ちた髪の毛を全て包むと、それを抱えて足早に部屋の外に出て行った。
所在無げなフィオナにアニーがお茶を用意してくれる。向かいにはパスカルが座り雑談が始まった。
「フィオナちゃん、若いのに辛い目にあってきたのね・・・。このお屋敷は安全だからもう心配しなくて大丈夫よ」
「ありがとうございます。髪を剃って頂いて気持ちよかったです」
パスカルは蒼い眼を見開いて
「丸坊主にされて気持ちよかったの?」
とクスクス笑う。
「剃刀の角度がちょうど良かったんだと思います。皮膚に対しての角度が高すぎず低すぎず完璧だったので、剃刀が触れた時に最高に気持ちいいショリショリ感が得られました。おかげでツルツルです。素晴らしい腕前ですね」
堪え切れないようにパスカルが爆笑した。
(え、何か変だった?)
「フィオナちゃん、面白いわね~。気に入ったわ。奥様が念のため少しでも髪が伸びたらすぐに剃るように仰っていたの。次回も完璧なショリショリ感を目指すわ~!」
「ありがとうございます!私の丸坊主、どうですかね?触った感じ、つるつるで気持ち良いのですが。頭の形どうですか?」
「鏡のあるところに連れて行ってあげるからいらっしゃい」
フィオナが鏡を覗き込むと丸坊主の自分がいた。
でも、思ったより違和感がない。前世の尼さんみたいな印象だ。瀬戸〇寂聴、好きだったなぁ。
パスカルがそっとフィオナの頭に手を置いた。
「あんなに綺麗だった髪を失って、可哀想に・・」
「いいえ、これはこれで良い感じです。気に入りました」
「そうなの!?いいの?!奥様は茶髪のかつらを用意されていたけど・・」
「かつら?!ああ、なるほど。人前に出る時には必要かもしれないですね。奥様はとてもお優しいです」
(このままでもいいんだけどな。洗うのが楽だし。人に会うこともないだろうし)
パスカルは優しく微笑みながら
「あなたは良い子ね。」
とフィオナの頭をぐりぐりと撫でた。
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