第14話 晩餐会
フィオナはこの世界に来て初めて心穏やかに毎日を過ごしていた。
先生のことはとても心配だが自分にできることは何もないと割り切ることにする。下手に動いて周囲の人たちに迷惑を掛ける方が良くない。
オリハルコンのナイフは事情を説明してセリーヌに預けた。国宝を一個人が所有する訳にはいかないし、用が済んだので王宮に返納したいと申し出たのだ。
丸坊主は初めての経験だが結構気に入っている。最初はみんな衝撃を受けるが、しばらくすると慣れたようだ。
セリーヌに「かつらは被らないの?」と聞かれたけど、フィオナは丸坊主のままで過ごすことを希望した。
丸坊主のフィオナは会う人会う人に何故か頭をぐりぐりと撫でまわされる。丸坊主には抗えない魅力があるらしい。
フィオナにハーブティーを入れてくれた侍女はアニーというのだが、アニーも丸坊主の魅力の虜になってしまった。毎日坊主頭を抱えるように撫でまわしては
「はあぁ~。気持ちいい~。癒しだわ~」
と悶えている。
アニーだけではない。セリーヌもパスカルも執事も他の使用人も、フィオナに会う度にそっと頭を撫でる。
フィオナはコミュ障の自覚があるので、アニーのように親しく接してもらえると嬉しい。アニーはどう思っているか分からないけど、この世界で初めての友達になってくれたら嬉しいな、と思う。
パスカルは三日に一度はかすかに生えてきた髪の毛を剃ってくれる。
その度に「今日のショリショリ感はどうだった?」と聞くので「いつも通り完璧でした」と答えると上機嫌で頭をぐりぐりと撫でてくれる。
最近はシェービングクリームを塗ってから剃られるので、さらに気持ち良さが増した。剃った後は保湿剤を塗り込んでくれる。丸坊主エステみたいだ。スカルプ・マッサージ、マジ天国。
剃られた髪は毎回布に包まれて、どこかに運ばれていく。
「どこに持って行くの?燃やしてるの?」とパスカルに聞くと「う~ん、あたしからは言えないわ~」という曖昧な答えが返ってきた。
**
フィオナにとって一番関心があるのは先生についてだ。セリーヌにもう一度、先生の安否について尋ねたことがある。
奥様は眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
「王宮の中でアレックスの対応を問題視する人がいるらしいの。貴女が純血種のセイレーンで誘拐・監禁されていたのに通報しなかったから。共犯ということで罪に問われる可能性があるらしいわ」
「奥様!先生は私をずっと助けてくれました!先生がいて下さったから無事に逃げることができたんです!」
フィオナが真っ青になって訴えるのを見て、セリーヌは気の毒そうに言った。
「ごめんなさい。貴女の気持ちは分かる。リュシアンも私も貴女とアレックスの味方よ。でも、王宮にいる全員が同じ意見ではないの」
「申し訳ありません。分かっています。ただ、今頃先生がどうしているのか・・もう殺されていたらどうしようって・・・」
我儘を言ってはダメだと分かっていても目の奥がツンとして視界がぼやける。
「フィオナ、ごめんなさい。今すぐはブーニン侯爵家に踏み込めないの。今はまだ・・・もう少し辛抱してちょうだい?」
フィオナは視界が涙で滲んでくるのを止められなかった。
(・・・泣いちゃいけない、泣いても解決しないって先生が言っていた。セリーヌ様を困らせちゃいけない。今は我慢だ)
涙を振り払って顔を上げた。セリーヌと視線を合わせる。
「ありがとうございます。分かりました。ただ、先生が救出されて裁判になった場合には、どうか私を情状証人にして下さい。先生が居なかったら私はこうして生きていなかった。命の恩人です。私は先生に感謝の気持ちしか抱いていません」
「分かったわ。リュシアンに伝えておきます」
王弟であるリュシアン・シモン公爵は国の重鎮として国政を支えていると先生から教えてもらった。シモン公爵が味方についてくれているのだから心強い。
今はお世話になっているシモン家を信頼して勝手な行動を取らないことだと自分に言い聞かせる。
「ところでフィオナは、アンドレに会った?」
話が突然変わり、フィオナは少々戸惑いながらも
「いえ、まだお目にかかったことはありません。」
と答える。「あらそうなの?」とセリーヌは何故か不満そうだ。
「相変わらず愚図ね~。『天使に会った!』って大騒ぎだったのに・・・ま、いいわ。明日リュシアンとアンドレが来るの。一緒に晩餐をいかがかしら?」
シモン公爵は宰相なので執務のため王宮に滞在することが多い。シモン子爵は王都のタウンハウスに住んでいる。フィオナがいる本邸はシモン公爵領にあって、王都からは馬車で十日と非常に遠い。ただ、転移魔法で繋がっている特殊な部屋があり、王宮とシモン公爵本邸は一瞬で行き来が可能なのだそうだ。
フィオナはまだ正式にリュシアンたちと面会をしたことがない。いきなり晩餐に参加して大丈夫なものだろうか?あからさまに不安そうなフィオナの頭をセリーヌはそっと撫でた。
「心配しなくても大丈夫。二人ともフィオナの事情を理解して会いたがっているの。特にアンドレはね~、貴女のことをとても心配しているわ~。・・本当に気持ちいいわね~。可愛くて仕方がないわ~」
セリーヌの撫で方がどんどん大胆になっていく。
(坊主頭を喜んで頂けて幸いです・・・)
フィオナは観念した。
「セリーヌ様、明日はかつらを被った方が宜しいでしょうか?」
「あら、どちらでも構わないわよ。アンドレもリュシアンも気にしないと思うわ。特にリュシアンは私以外の人間にまったく関心がないから大丈夫よ」
セリーヌがさらっと割とすごいことを言う。
「お二人がご不快に思われないのであれば丸坊主のままお会いしたい」と伝えるとセリーヌは笑顔で快諾した。
*****
翌日、晩餐の前にアニーが浴室でピカピカに身体をみがいてくれた。化粧もしてくれようとしたのだけど、丁重にお断りする。
「フィオナ様ほどの美貌だと化粧は必要ないですものね。でも、保湿のために香油は塗っておきますね。ドレスはどうなさいます?いくつかご用意しましたが・・・」
アニーは、淡いピンクのAラインドレス、白のロングドレスなど色々と用意してくれていた。
あくまで個人的な見解だが坊主にピンクは似合わない、気がする。
「アニー、沢山用意してくれてありがとう。どれも素敵なんだけど、黒のドレスってないかしら?」
尼さんと言ったら黒の袈裟が良く似合う。黒は女を美しくするのよ、とは誰の台詞だったか。
「黒、ですか?ええーっと、確かクローゼットに一着入っていたかもしれませんが・・・」
アニーが持ってきたシンプルな黒のストレートラインのドレスを見て、これがいいとお願いする。
アニーは少し躊躇したが実際にフィオナが着てみると
「色白のフィオナ様にとても良くお似合いです。まだ若いフィオナ様には地味すぎるかと思ったのですが大人っぽく映えてお綺麗ですよ」
と太鼓判を押してくれた。
**
晩餐の支度を終えると執事のジョルジュが正餐室へ案内してくれる。
ジョルジュも軽く坊主頭を撫でながら、
「気軽な夕食会だと思って下さって大丈夫ですよ」
と励まして(?)くれた。
それでもやっぱり緊張しつつ正餐室に入ると、既に席についていた若い男性がこちらを見て慌てて立ち上がった。
白い髪に赤い瞳の超美形男子。シモン子爵アンドレだろう。フィオナを最初に助けてくれた人だ。深くお辞儀をして助けてくれた御礼を伝える。
アンドレは目を見開いて口に手を当てると耳まで真っ赤になった。
「あのっ!そんなっ、当然のことをしたまでですっ!お話は伺っていたのですが!髪が無くても!とてもお綺麗で!可愛らしくて!素敵です!頭の形も最高です!」
「あ、ありがとうございます・・」
「あ、僕のこと、分かりますか?」
「あの・・シモン子爵閣下でいらっしゃいますよね?」
「そうです、どうかアンドレと呼んで下さい。またお会いできて光栄です」
アンドレは軽く会釈をして跪くとフィオナの手を取り、そっと指に唇を寄せた。
慣れていないフィオナは動揺したが『落ち着け。ここは外国。これは挨拶だ』と自分に言い聞かせる。
アンドレが不安そうに
「申し訳ありません。馴れ馴れしかったですね。怖がらせてしまいましたか?」
と聞くので、
「大丈夫です。こんなの単なる挨拶ですものね」
と明るく返すと、アンドレは複雑そうな顔で俯いた。
そしてシモン公爵リュシアンとセリーヌが登場した。リュシアンは若く見えるが、ラスボス感が漂う貫禄というか迫力がすごい。プラチナブロンドに蒼い眼の美丈夫だ。この世界は美形しかいないのか?と言いたくなる。アンドレの髪は父親譲りらしい。
フィオナが緊張しながら挨拶すると、その時だけはにこやかな笑顔を向けてくれるが、その後はずーっと、ずーっと、ひたすらセリーヌの顔ばかりうっとりと眺めている。セリーヌ以外の人間には興味ないことが清々しいほど明らかであった。
晩餐の席では好きな食べ物とか、天気の話とか、当たり障りのない話題に終始したので、食事を楽しむことができた。さりげなくフィオナを気遣ってくれているのだろう。『優しい方たちだな』と思う。
食事が終わるとリュシアンの顔つきが真剣になった。ブーニン侯爵邸で何があったのか聞かせて欲しいと言われて、フィオナはゆっくりと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。