第12話 シモン公爵夫人

フィオナが目覚めるとすぐに真っ白い天井が目に入った。


ここはどこだろうと、あたりを見回す。


フィオナは広い部屋の大きなベッドに寝ていた。物は多くないが、洗練された調度類が揃っており掃除の行き届いた清潔感のある部屋だ。


豪華だがごちゃごちゃとした装飾が多かった侯爵の屋敷より、数倍上品で高級感がある。


扉がノックされたので返事をすると、若い侍女がティーワゴンを押しながら入ってきた。


「お目覚めになったのですね!お加減はいかがですか?ハーブティーをご用意しましたが、召し上がりますか?」


と優しい笑顔で話しかけられる。


「えっと、あの・・お願いします。ありがとうございます。それと・・あの、こちらのお屋敷はどちらの・・?」


「承知いたしました。もうすぐ奥様がいらっしゃいますので、そういったご質問に答えて下さると思います。それまでお待ち頂けますか?」


テキパキとお茶の準備をしながらにこやかに答えてくれる侍女をポーっと見つめた。


(すごいなぁ、いかにも有能な侍女っていう感じ・・・そしてフレンドリー)


クッションを背中にあてて、ベッドの上で身を起こすのを手伝ってくれる侍女に御礼を言うと、にっこり笑って返事をしてくれる。


可愛らしいベッドトレイにハーブティーと焼き菓子を置くと、侍女は一礼して退出した。


ハーブティーを一口飲んだら神経が落ち着いた。ほっと一息つく。美味しい。


ここは安全な場所なようだ。


(私はどうなったんだろう?先生は無事だろうか?)


扉をトントンと軽くたたく音がして返事をすると、今度は輝くような絶世の美女が現れた。


輝く銀髪に赤い目。彼女は・・・


「初めまして。セリーヌといいます。世間ではシモン公爵夫人と呼ばれることが多いかしら。セリーヌと呼んで下さいね」


美しすぎて笑顔が眩しい。直視すると目がつぶれそうだ。


(シモン公爵夫人・・・ということは、やはり私と同じ純血種のセイレーンだ)


フィオナは慌てて頭を下げた。


「は、はい。あの・・私はフィオナと申します。よろしくお願い申し上げます。助けて下さったのですよね。本当にありがとうございます!」


「いえ、最初にあなたを見つけたのは息子なの」


「・・息子さん・・?」


「ええ、夫のリュシアンは公爵なのだけど永遠に生きそうだから、息子は別に叙爵して頂いてシモン子爵になったのよ。どうかアンドレと呼んであげてね。」


笑顔で首を傾げる夫人は、その超絶可愛さで卒倒する人が出るだろう。可愛いは武器だ。


「えっと、フィオナさん、恐らくブーニン侯爵の屋敷から逃げ出したのよね?夫から監禁されているセイレーンの少女がいると聞いていたわ。あなたは息子の屋敷に転移したのよ」


夫人は色々な事情を把握しているらしい。


「はい、私はブーニン侯爵邸から逃げ出しました。脱走して壁を乗り越えた時に、全身に痛みが走って・・意識が朦朧となってしまったんです。それでひたすら『安全な場所に転移させて』と念じていたら・・」


「なるほどね。ちょうどタイミングが良かったわ。私たちは無条件でセイレーンの血を引く者を受け入れるようにしていたのよ。夫の情報だけでなくお告げみたいなものもあってね。勿論、セイレーン以外の人間に対しては堅牢な結界を張っているので安心してね」


夫人の笑顔からは思いやりが感じられる。同じセイレーンだからかもしれないが、この人は信用して大丈夫だとフィオナは本能的に察知した。


「息子はあなたが突然現れて驚いたけど、明らかにセイレーンの血を引いているから、すぐにこちらのシモン公爵家の本邸に転移させたの。ブーニン侯爵家から遠くて追跡しにくいしね。我が息子ながら良い判断だと思うわ」


「そうだったんですね。本当にありがとうございます。それで・・あの、私を逃がすために犠牲になってくれたアレックス・エヴァンズ先生のことが心配なんです!なんとか先生を助けて頂けないでしょうか!」


目覚めてからずっと心配で堪らなかった先生のことを必死で訴える。フィオナはこれまでの事情をセリーヌに説明した。


「フィオナ、事情は分かったわ。夫のリュシアンにも伝えます。だけど、いきなりブーニン侯爵邸に踏み込む訳にはいかないの。ブーニン侯爵がコズイレフ帝国に助けを求めたら、帝国は軍隊を送るかもしれない。そこから戦争が始まる可能性があるのよ。だから国王陛下もリュシアンも慎重にならざるを得ない」


「そんな・・・」


フィオナの視界が涙で曇る。セリーヌは気の毒そうにフィオナを見つめた。


「アレックスには・・・今回の件では多くの問題が関係しているの。でもね、アレックスはこれまでも多くの修羅場をくぐり抜けてきた人よ。そう簡単に死んだりはしない」


「先生のこと、よくご存知なんですね?」


「ああ、私はアレックス、リュシアン、トリスタンとは付き合いが長いから」


ふふっと微笑むセリーヌは可憐すぎて思わず見惚れてしまう。同時に胸がモヤモヤするのは何故だろう?


「アレックスは私たちにとっても大切な友達なの。フィオナ、彼を見捨てるようなことは余程のことがない限りしないわ。ブーニン侯爵邸に潜伏している密偵たちもいる。今すぐとはいかないけれども、彼を助け出す機会はあるはず。私たちを信じて待っていてくれない?」


そう言われたら何も言い返せなくなってしまう。


フィオナは自分が世間知らずの自覚はあった。外交や国際政治の状況なんて分かるはずもない。戦争を回避したい国王の気持ちも分かる。だからセリーヌを信じることにした。


「今度リュシアンを紹介するわ。その時にアレックスのことを尋ねてみて」


フィオナはコクリと頷いた。「嫌だ嫌だ、今すぐ先生を助けて!」と本当は言いたかったけれど、前世も含めると既に五十路の自分が子供みたいに駄々をこねて困らせてはいけない。


「ところで、早速だけど至急あなたにお願いしたいことがあるの。あなたの安全のために、とても重要なことなのよ」


セリーヌが話題を変えた。


「は、はい。何でしょう。私に出来ることがあるなら・・・」


「あのね、あなたの髪の毛を全部剃ってしまいたいのだけど宜しいかしら?」



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