第11話 先生の事情 その2

「おらっ、ここに入っていろ!」


アレックスは縄で縛られたまま突き飛ばされ、地下牢の床に転がった。


(フィオナは無事に逃げられただろうか?)


床に転がったまま考える。


(何とか逃げ切って欲しい。せめて彼女にオリハルコンのナイフを渡すことができて良かったが・・・)


国王トリスタンに直談判してオリハルコンを求めたのは三年近く前になる。トリスタンは即座に拒否したが・・・当然か。国王の出した難題の数々を達成し、ようやくオリハルコンを手にできた時は嬉しかった。


**


『いいか、オリハルコンは神の道具だと伝承されている』


トリスタンの言葉を思い出す。


『宝物庫に保存されているオリハルコンのナイフは、コズイレフ帝国の歴史上名高い賢妃が神から直々に賜ったものと伝えられている。アレックス、お前は国のために尽くしてくれたが、あのナイフを渡すわけにはいかない。代わりに欲しいものはないのか?』


他のものは何もいらない、ただオリハルコンだけが欲しいのだと繰り返すアレックスに疲れ果てたトリスタンは最終的に三つの条件を出した。どれも不可能と思われるような難題だったが、アレックスはそれらを達成しオリハルコンを手に入れたのだった。


ただ、最後にトリスタンが放った一言だけは気になった。


『オリハルコンは何も・・誰も破壊することができない。しかし、神が指を鳴らしただけでオリハルコンはバラバラに崩れ落ちたという。お前がオリハルコンを間違った目的で使用した場合、神の怒りに触れ使い物にならなくなる可能性があることを覚えておけ』


『オリハルコンがバラバラに・・・?』


『コズイレフ帝国の賢妃はオリハルコンの腕輪を付けられ魔法を封じられていた。それに怒った神が指を鳴らして腕輪を破壊したのだ』


『魔法封じ・・のオリハルコンの腕輪?トリスタン、オリハルコンでオリハルコンを壊すことは可能だろうか?』


『オリハルコンでオリハルコンを切ることはできない。お前も知っているだろう?』


**


「なにボーっとしてやがるっ!」


頭を踏みつけられてハッと我に返った。


(やはり腕輪はオリハルコンだった。フィオナが腕輪は自分で何とかすると言っていたが、本当に大丈夫だったんだろうか?危険なことをしなければいいが・・)


「ぐふっ!」


今度はみぞおちを蹴り上げられる。


「・・・おい、その辺にしとけ。死んじまうぞ。ミハイル様がそいつを生かしておくようにと仰っていただろう」


もう一人の男の言葉にアレックスを蹴っていた男は「わかったよ!」と唾を吐き捨て、男たちは地下牢から出て行った。


足音が遠ざかると途端に静寂が周囲を包む。


真っ暗な地下牢の床は硬くてジメジメと湿っているが、疲労困憊している体はふと眠ってしまったようだ。




やがて、大きな警報が鳴り響き目を覚ました。


(フィオナが逃げたのかもしれない。ハンスに頼んで馬の飼料用藁束を塀の傍に運んでもらったし足場になるよう釘を打っておいた。本当に腕輪は切れたのだろうか?魔法が使えない状態だと逃げ切れるかどうか・・・)


不安が大きくなる。フィオナがすぐに捕まってしまったら?と想像するだけで恐ろしい。


しばらくして騒がしい足音が近づいてきた。アレックスは眠った振りをする。ガチャンガチャンと鉄格子を叩く音で目を開けた。


鉄格子の向こう側ではミハイル・ブーニン侯爵が血相を変えて地団駄を踏んでいた。


「フィオナが消えた!お前が逃がしたんだろう!」


それを聞いた瞬間アレックスは笑いたくなったが、慌てて表情を引き締める。


「何の話ですか?私はずっとここに閉じ込められていたじゃないですか?」


「鎖が切られていた!部屋の壁に穴が開いていた!どうやって?!魔力封じの腕輪さえ部屋に残っていたんだぞ!血だらけのドレスも見つかった。何が起こったんだ!?お前が手引きしたのは間違いない!塀に沿って藁の束が積んであった。ハンスがお前の指示だと白状したぞ!塀にはご丁寧に釘まで打ってあった!」


「確かにハンスに飼料をあそこに積むように指示したのは私です。貯蔵に適した環境だと思ったものですから。すべて私の指示です。ハンスは何も悪くありません。フィオナは非常に賢い娘です。セイレーンの智慧を使ったのでしょう」


「なんだそれは!?セイレーンの智慧だと?」


「セイレーンには生まれつき備わった智慧があるんですよ」


その時、執事が足早にやってきた。手にはフィオナの日記帳が握られている。


「ミハイル様、フィオナ様の部屋からこんなものが・・・」と差し出した。


侯爵はページをめくって愕然としている。


「なんだ、この文字は!?こんな文字は見たことがない。何語だ!?何が書いてあるんだ?アレックス、お前は読めるのか?」


「いえ、私にも読めません。フィオナだけが読めるセイレーンの文字です。セイレーンの叡智の集大成です」


嘘を散りばめながら、話をどのように持っていくべきか考える。この男はアレックスのハッタリに気がつくだろうか?


「叡智の集大成・・・」


呆然と侯爵がつぶやく。


「アンナにおかしなものが部屋にあったら報告するように命じていたのに・・」


「アンナは文字が読めないでしょう。ただの日記帳だと思ったのですよ」


「くそっ、何が書いてあるんだ?!フィオナはどう説明していた?!」


「思いついたことを日記として記していたそうです」


「日記・・だと?」


「でも、たまに役に立ちそうな考えも記してあるとか。いくつか聞かせてもらいました。」


「役に立ちそうな考え?どんなものだ?」


「例えばですが・・エリクサーの作り方とかですね」


「なんだと!!エリクサー!万能薬、不老不死の霊薬のことか!?」


侯爵はこのハッタリを信じるだろうか?アレックスにとっては賭けだが、フィオナの追跡から侯爵の気を少しでも逸らしたい。


「そうです。ただ彼女も自信はなかったようです。侯爵が寛大にもこの屋敷内に私の執務室を下さったので、そこで実験しておりました。完成したものはありません。なので、ご報告できなかったのです」


「お前は報告すべきだった!」


侯爵は苛立って鉄格子をガシャンと蹴り飛ばす。


「エリクサーがあれば、あの面倒くさい小娘など必要ないではないか!」


上手くフィオナから注意を逸らせそうだったが、執事が落ち着いて止めた。


「ミハイル様、アレックス様が仰ったように、まだエリクサーは完成していません。完成するかどうかも分からないのですよ。まず、フィオナ様の追跡を最優先させるべきです。」


「そ、そうだな。追跡魔法はどうしている?行方はまだ分からないのか?」


「アンナがフィオナ様の髪の毛に追跡子をつけていました。ただ、この近隣では追跡子が反応しません。探索範囲を広げないといけないでしょう」


「あの小娘がそんなに遠くに逃げられるはずがない。誰かが助けているのではないのか?」


「当家より約六里のところにシモン子爵家の屋敷があります。ご存知のようにシモン家はセイレーン種族の特別保護を長年主張しておりますし、逃げたセイレーンを匿う可能性はありますが・・・」


「シモンか・・。シモン子爵はリュシアンの息子だ。奴らが動くと面倒だな・・・」


「接点があったとは考えにくいですが・・」


「いずれにしても追跡を続けよ。特にシモン公爵家、シモン子爵家の両方に影を送り込め」


「御意」


執事が去っていくと、侯爵は憎々しげにアレックスに振り返った。


「お前の目の前でマーガレットとマキシムを殺してやる。お前はそれを見届けた後に殺されるんだ。」


アレックスががくりとうなだれると、侯爵は満足そうにその場から離れていった。


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