第2話

「何を……」

「そうなんですか?それは安心いたしました!」


 シンス殿下のお言葉に被せたのは不敬だと思いますが、ラドリック殿下のお言葉がとても嬉しくて、感情の起伏を表面に出さないよう訓練されたのも忘れ、満面の笑顔を浮かべてしまう。

 むしろ何があっても追放されないのであれば、もう少し自由にしていても良かったのかもしれないと思いつつ、私の何よりの癒しは『あの時間』なので、同じ事かもしれない。


「それでは私はこれで失礼いたしますわ。最低限の礼儀としてエスコートの問題などあると思いまして出席いたしましたけれど、これですもの。これから登城したいと思っていますが……それはどうなるのでしょう?」

「そうだね、アーク嬢はその為だけに兄様と婚約したんだもんね」


 ラドリック殿下が、僅かに吹き出しそう言うと、周囲にいる貴族達も微笑ましい表情をする。


「殿下を見てなくて、煌びやかな生活だけ見ていたってことですか!?」

「結局は権力か」


 冷ややかな周囲の視線が二人に集まる。

 もしかして、この二人はこの国の歴史を知らない……?仮にも片方は第一王子なわけですが……。


「大丈夫だよ、マーガレット。年齢的な問題もあり、王様の押しもあって第一王子が相手だっただけで、こうなったら第二殿下が婚約者になるだけだよ。マーガレットの立場が変わることはない」

「お父様!」

「アーク侯爵、この度は兄が大変失礼いたしました。マーガレット様との婚約をお許しいただきありがとうございます。」


 お父様の登場に、ラドリック殿下の言葉で、周囲が少しだけザワついた。

 私的には今まで通りに暮らせるのなら何も問題はない。

 婚約者が誰だろうと正直興味はない。

 生活に不便じゃない程度に歩み寄れて、お互い良きパートナーとして尊重できれば、そこに恋愛感情なんてなくても良いのだ。

 私の愛は別に注がれているのだから――。


「どういうことだ?マーガレットはたかが侯爵令嬢だろう!」

「あぁ、そうそう伝え忘れていました。国王は退位、第一王子は廃嫡が決定しております」

「なっ!」

「どういう事ですか!?」


 お父様の言葉に目を見開いて驚く二人。特にココット嬢の食いつきは凄まじい。

 あれ?私の立場ってそんな大層なものでしたかしら?


「聖獣様の決定です」


 シレっと言うお父様だけど、多分今までの反応からして、市井の子ども達ですら知っている『聖獣』に関して二人は知らないと思いますよ?

 そしてそんな二人を置いた状態で、周囲は歓喜の声と拍手の渦に震えた。


「おめでとうございます!」

「マーガレット様が追放なんてありえません!」

「さすが聖獣様!わかってらっしゃる!」

「国が守られたー!」

「義務と権利を履き違えるなー!」


 狼狽えるシンス様は、自分や父親がバカにされた言葉が入っていたことに気がついてはいなさそうですね。


「……聖獣様のお世話係って、そんな大したことないと思うんですけどね……」


 ポツリと呟いた私の言葉に、シンス殿下とココット嬢は凄い勢いでこちらに視線を向けてきた。

 いや、だってただのお世話係ですよ?

 代わりがいるようなものですよ?

 それでも、私の『最大の癒し』は聖獣様と会う時間で、聖獣様は王城の地下にある聖なる泉が湧く周囲にしか居ることができないので、追放は何がなんでも避けたかった。

 それにそもそも婚約も「王子と婚約しちゃえば王城の出入りフリーパス!お世話時間以外も登城できて、もっと聖獣様と一緒にいられるぜ!」なんて言葉に乗っただけである。

 重要な事なので再度言います、そこに愛情なんて一欠片もない。


 地下には聖なる泉とその空間があり、そこに聖獣が住んでいた。

 聖獣は、自分の友と呼べる人物に近辺を統一させ、城を建てさせ、世話を含め自分がゆっくり生活できるように整えたと言われている。

 その変わりに聖獣は極端な自然災害から国を守る。

 つまり、小さいものは自然の摂理として放置されるが、余程となる大きな天候や災害、獣の被害などからは守られるため民たちが酷い貧困に飢えることがないのだ。

 聖獣は国の象徴と言われ、何よりも聖獣の意見が優先されるのだが、そもそも人間の事に興味がない聖獣は、人間の暮らしに意見することはない。

 言うとしたら、ただ一つ。

 自分の世話係の任命だけだ。

 多数の人間に自分の居住地を犯されたくない聖獣は、聖獣が認めた人しか近寄ることが許されない。

 そして、お世話係も、自分と少しでも似た波動と心の者を探して任命するのである。


 ただ、それだけ。

 つまり似た波動であれば良いだけで、変わりはいくらでもいるのだ。




 城の地下、ゆうに3メートルほどある毛に覆われたものが目の前に広がる。


「それにしても、珍しいことをしたね、どうしたの?」


 軽い口調で目の前にいる白いフワフワの壁に問う。

 言わずもがな、目の前にある白いフワフワとした壁こそが、聖獣なのだ。

 ……威厳より可愛らしい表面が印象的である。


「気に入らんかったからなぁ」

「それだけで!?」


 あまりに簡単な理由に驚いてしまった。

 お世話係の任命以外で口開くことのない聖獣が、国王の退位と第一王子の廃嫡を口にしたと言うのに。


「我かてのぅ、そうコロコロとお世話係を変えたくない。マーガレットは我と波動がとても似ていて心地いいのだ。」


 そう言って、私を白い真綿……正確には毛皮だが……で包むようにする。


「子どもの責任は親と言うじゃろぉ。周りも見ることの出来んアホゥが時期国王とは……内戦が起こってしまっては我もゆっくり眠れんからのぉ」


 のほほんと言う聖獣。

 しかも戦争ではなく、内戦と言い切った……。いや確かに国の歴史も知らない馬鹿だったけれど。


「それにマーガレットには第二王子の方が良かろう~。愛はなくても、せめて愛された結婚をすると良いだろうに」

「え?」

「ん?」


 毛皮に包まれたついでと言わんばかりに、持っていたブラシで目の前の毛をといていたら、何か不可解なことが聞こえた気がする。


「なんじゃ?気がついておらんかったのか?あれだけ第二王子に思われておきながら?」

「いやいやいや、目の前のフワフワ毛皮以外に愛せませんので。人間の男など論外です」

「……マーガレットは人間じゃろぉが」


 呆れたため息が聞こえる気がするが、無視だ無視。

 しかし第二王子が……というと、自由にしていて良いと言っていた以上、結婚してからもお世話係自由!むしろ毎日一日中入り浸り放題!!


「うむ。前国王はマーガレットを道具のように思い、第一王子を時期国王にするためにマーガレットと婚約させたからのぉ」


 聞きたくなかった事実だが、だからこそ私を聖獣という餌で釣ったのか。

 年齢的に第一王子と聞いていたが、面倒くさい後継争いなんて知ったことではない。

 ていうか心で思っていることを読むんじゃない。仮にも乙女だ!恥ずかしい!


 ククク……と聖獣は笑う。

 笑ってる隠しきれてませんが?




 そしていつでも登城しても良いという許可だった私は、毎日一日中もふもふ生活しても良いよと言われ、急げとばかりに最短で第二王子と結婚し、王妃となりました。

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【完結】婚約破棄の代償は かずき りり @kuruhari

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